リンクは自由!
『人文学と情報処理』15(1997), pp.9-14 掲載

人文学研究とインターネット

―ゆるやかな分散型総合学術情報システムの構築へ―

後藤 斉 (gothit@m.tohoku.ac.jp)
東北大学

キーワード:人文学研究、学術情報の流通、インターネット、WWW

要約:
インターネット、特に WWWは、人文学の研究者間のコミュニケーション や学術情報の流通に活用することが可能であるし、実際に活用されてきている 。確かに個々のサイトが有益な学術情報を提供することはインターネットの学 術利用の基礎ではあるが、それにとどまらず、インターネットの上にゆるやか な分散型総合学術情報システムが構築されれば、情報は単独で存在する場合の 何倍もの価値を持つことになる。このような状況は多くの分野でまだ十分には 成立していないし、近い将来に成立するかどうかも楽観はできない。そして、 インターネットの人文学の研究での利用のスタイルを確立しようと思う個々人 が積極的・能動的に参与して初めて成立しうるものである。


1. はじめに

本稿は、人文学の研究におけるインターネット利用の意義を概括することを試 みたものである。インターネットは広大であって全体像の把握は個人の能力を 越えるものがあり、技術の進歩も著しく将来の予測はつけがたい。その意味で、 本稿の内容は執筆時点 (1997年7月末)における筆者の考え方をまとめたもの と言える。筆者は、 1995年10月以降 WWW上において「国内人文系研究機関WWWページリスト」 <http://www.sal.tohoku.ac.jp/~gothit/zinbun.html> と 「国内言語学関連研究機関 WWWページリスト」 <http://www.sal.tohoku.ac.jp/~gothit/kanren.html>を作成し、主として .ac.jpドメインに属するそれぞれの分野のウェブサイトの情報を収集し、その リストを公開してきた。ここに示す考えは、両「リスト」の作成と維持を中心 とするここ数年間の筆者の個人的な経験に基づくところが大きい。なお、本稿 は総論的な考察であるので、具体的なサイトの情報は論旨に関係のある範囲で ごく少数を挙げるにとどめる。

2. 人文学研究でのインターネット利用をめぐる状況

日本では 1994年以降と言えるだろうが、インターネットは広く関心を集めて いる。当初は専門家やマニアを対象にしたコンピュータ雑誌で扱われるだけで あったが、一般の新聞雑誌やテレビ番組をにぎわすことも多くなり、 1995年 には「インターネット」が流行語の一つとして選ばれるまでになった。その後 も流行が衰えるどころか、むしろ社会の一部として定着する気配である。ブー ムを支えるマスコミの論調には、インターネットが社会の変革やビジネスの成 功あるいは人生の楽しみのための鍵であると唱えるものもある。

その一方においてインターネットバブルとの指摘もある。『ニューズウィーク』 日本版は 1996年7月3日号で「インターネット ブームは終わった?」と 題する衝撃的な特集を組んだ。また、悪質なハッカーを追跡したことで有名な 著者がブームの危険性を指摘したクリフォード・ストール『インターネットは からっぽの洞窟』(草思社, 1997)も、過度の熱気に反省を迫る書物として諸所で好 意的に紹介された。さらに、『日経サイエンス』1997年7月号の「インター ネットが変わる」との特集も、解決しなければならない課題の多さを指摘する ものであった。これらの議論はそれぞれ異なる立場に立つものであるが、イン ターネットが喧伝されているほどにバラ色の未来を約束するものではないこと を示している。

人文学研究でのインターネット利用も進みつつあるが、一般的に言って理科系 の場合より遅れて進行していることは会津 (1996: 164)が指摘する通りである。 しかし、これは当然であって、予算の潤沢でない人文系研究機関にとって高 価な先進的機器を導入するのは容易ではないし、必要な先進的技術を備えてい る人材に乏しいことが通例である。むしろ特徴的なのは、理科系より遅れたと いうことではなく、商用利用の進行とほぼ同時に進行していることであろう。 そして市販の雑誌や書籍で紹介されるビジネスや個人の趣味での利用がモデル ケースと見なされることが多い。しかし、人文学研究にとっては決してネット ワークそれ自体が目的ではないのだから、利用法はそれぞれの研究の目的にと って有益であるかどうかを基準に考えるべきである。

研究情報を一次情報(研究対象の事象についての基礎的データ)、二次情報(研 究の成果、具体的には論文など)、三次情報(書誌、研究動向調査)に分けて考 えるとして、これらはいずれも本来広く公開されるべき性質のものであり、 インターネット利用と親和性が高い。また、研究の遂行にはインフォーマル なコミュニケーションも不可欠であるが、特に、遠隔の人(既知・未知)との 接触を容易にすることがインターネットの大きな利点である。同一分野の研究 者間のコミュニケーションがまず思い浮かぶが、隣接分野・異分野の研究者と のコミュニケーションもまた研究の視野を広げるために意義を持っている。さ らに、研究と教育との密接な関係を考えれば、一般社会向けや受験生向けの広 報活動もあり、(むしろLANとしての利用であるが)機関内部での情報の伝達・ 交換も当然行われている。

分野や機関によってはインターネットがこのような目的のためにすでに広く活 用されていて新規参入者にもそのメリットがすぐ目に付くかもしれないが、国 内の人文系の分野の多くはまだそのような状況には至っていないと思われる。 いかに机上で可能であっても予算・人材・時間などの現実的な制約を逃れるこ とはできないし、その状況を個人の力で一挙に変えることはできない。また、 各学問分野や各機関の既存の価値観をそれなりに尊重しなければ新しいものの 導入は受け入れられにくいし、長期的に維持することもできない。与えられた 条件の下でできるだけ効果的な利用法は、可能性と現実的制約および潜在的リ スクのバランスを考えながら、個々の利用者がそれぞれ自分で編み出すしかな い。そのような利用を実践し、有効性を示すなかで、いっそう広い範囲での活 用につながるであろう。

3. インターネットと各種のアプリケーション

インターネットを有効に活用するためには、インターネットをより深く理解す ることが前提となる。本稿では詳述をさけるが、クロル(1995)や石田他(1996), WIDE Project(1996)などの信頼できる参考書のどれかを参照することが望まし い。いずれにせよ、学術ネットワークとして初期にインターネットを作り上げ た人々が根底に持っていた思想がコンピュータの資源や情報の共有であること は、いくら強調しても強調のしすぎではない。

インターネットの具体的な利用法はアプリケーションに依存する。現在WWWの みが脚光を浴びがちであって、それは理由のないことではないが、それ以外に も人間とコンピュータの間の通信としてTELNET(遠隔ログイン)とFTP(ファイル 転送)、人間同士のコミュニケーションの手段として電子メール、ネットニュース などの利用形態がある。人間同士のコミュニケーションも、その利用形態・運 用形態によって多様である。参加者の範囲によって、個人間や特定少数者だけ の閉鎖的なもの、登録すれば誰でも参加できるもの、全ての人に開かれたもの などの違いがある。また、その場限りの一時的なもの、短期的に蓄積され一定 期間経過後に消去されるもの、永続的に保存されるものという持続性の違いも ある。さらに、個々人の参加の姿勢としても、一方的な伝達、双方向的な議論、 一方的な受信を選択することができる。それぞれの性質を考え目的に応じて使 い分けることが効果的な利用につながる。

電子メールは一人ないし特定少数者宛のメッセージの伝達に便利であり、その 応用であるメーリングリストによって特定少数ないし多数の人の間の連絡・議 論が容易になる。メーリングリストはテーマに応じて多くのものがあり、共通 の関心をもつ人たちの間の情報伝達や議論の場として活用されている。公開の メーリングリストは Liszt: Searchable Directory of E-Mail Discussion Groups <http://www.liszt.com/>に分野ごとに分類してあるので、自分の関心 に応じて選ぶことができる。国内の人文系のメーリングリストはまだ多いとは 言えないが、福島比呂子氏による「学術人文系メーリングリスト案内」 <http://www.aianet.ne.jp/~orlando/VWW/DAT/mljpn.html> には数十のものが挙げられている。

4. WWW

現時点でのインターネットの花形はなんといっても WWWであろう。俗に「イン ターネットをする」という場合、多くは WWW、特にそのブラウジングを指して いる。これは明らかに言葉の誤用であるが、それには理由がないわけではない。 WWWはインターネットをブームにしたきっかけの一つであるし、今後のインター ネットの発展も短期的・中期的には WWWを軸に進むことはほとんど疑いない。

WWWがインターネットの代表と見なされていることは、それが持つ多くの技術 上の長所に由来する。特に目立つのはそのハイパーテキスト性とマルチメディ ア性である。 WWWの文書は、リンクという仕組みによって、ある文書のある箇 所から同一文書内の他の箇所や同一サーバ内の別の文書、さらには地球の裏側 に置かれたサーバ内の文書までも容易に参照できる。また、WWWの文書はテキ スト以外に画像、音声、映像などあらゆる電子化可能なデータを含むことがで きる。さらに、WWWのHTML文書は単なるテキストファイルであるため、慣れれ ばワープロで文書を書くのと同程度の手間で作れるし、書き換えも容易だとい う簡便性を備えている。その一方で拡張性もすぐれていて、プログラムと連動 させることが可能である。これによって、データベース検索 (例えば図書館の 蔵書検索、辞書の検索 )等のサービスがWWW上で提供されているし、簡易的な 掲示板システムのように読者の側からの能動的な反応をウェブページに反映さ せるような応用も行われている。

WWWの利用として最も容易なのは、ブラウザで諸所のウェブページを読み、随 時リンクをたどっていくこと、いわゆる「ネットサーフィン」である。確かに、 数回のマウスのクリックだけでいつのまにかアメリカやヨーロッパのサイト にアクセスしているというのは、初めての人にとって驚くべき体験である。し かし、これはいきあたりばったりのやり方である。ナビゲーションはリンク作 成者の恣意に依存しているため、求める最適のサイトにたどりつける保証はな い。ネットサーフィンならず、情報の海に溺れてしまいかねない。

これを補うために、サーチエンジンの利用が勧められている。現時点では goo <http://www.goo.ne.jp/> がデータの質量ともに抜きん出ているようであ る。また、関連あるウェブサイトへのリンクを系統的に集めたリンク集の利用 も便利である。人文系全般では、国内のサイトであれば筆者による 「国内人文系研究機関 WWWページリスト」 <http://www.sal.tohoku.ac.jp/~gothit/zinbun.html>から、全世界を対象と するならVoice of the Shuttle <http://saguaro.f.chiba-u.ac.jp/vosMirror/humanitas.ucsb.edu.html>や The World-Wide Web Virtual Library: Humanities <http://www.hum.gu.se/w3vl/>から出発すれば、目的の情報を得る可能性が高 くなるであろう。また、個別の分野それぞれに即したリンク集も各所で用意さ れている。しかし、このような便宜に頼るにしても、「ネットサーフィン」に よって求める情報を得るためには、かなりの無駄な時間を費やすことを覚悟し なければならない。

「ネットサーフィン」で単なる消費者としてインターネットを利用するのに飽 き足らず、情報の発信者になろうとするのも自然な欲求である。実際、WWWの 大きな魅力は誰でも低コストで(潜在的には)広い対象に対して情報発信でき るところにあり、インターネットのブームを持続させている所以でもある。公 共機関、企業、市民団体、個人などが競ってウェブページを作成していること は周知のことである。人文系の研究機関や研究者も例外ではなく、WWWを利用 しての研究資料や研究成果の公開は今ではまれではない。質の高い実例は本号 の他の論文で紹介されているので、ここでは詳細を省く。ただし、実際には、 作っただけの自己満足に終わっているウェブページも多い。おそらく個人のペ ージの大部分はそうであるし、企業のページにしても本当にビジネスに活用で きている所はむしろ少ないのかもしれない。学術サイトは人気を気にする必要 はなかろうが、どのような読者を想定してどのような情報を提供しようとして いるかの方針が不明確なサイトも少なくはない。

個々のウェブサイトが良質の学術情報を提供することはインターネットを学術 情報の流通の場にするための基礎ではあるが、それらがばらばらに存在してい てはせっかくの情報を有効に活用することが難しい。例えば、研究職の公募の 周知にインターネットを使うのは有効な利用法であるが、公募情報が当該研究 機関のウェブページに掲載されたとしても、それだけではその情報がそれを必要と する人に届く確率は低い。また公募情報の寿命は短いから、通常のサーチエンジ ンではタイムリーには検索されにくい。学術情報センターの 「研究者公募情報ホームページ」 <http://nacwww.nacsis.ac.jp/>のように一か所にまとまるこ とによって初めてインターネット上の公募情報が生きてくるのである。

研究情報一般についても同様のことが言える。一つのウェブサイトには研究者 の自己紹介や著作のリスト、文献目録、テキストデータ、画像データ、催しの 案内や記録など種々の情報が混在している。このような情報を細分化し、集積 し、内容に応じて再編成することによって、それぞれの情報は何倍もの価値を 持つことになる。このように再編成された情報はデータベースを構成すること になるが、その作成には人間の判断、しかもそれぞれの分野の専門家による的 確な判断を経ることが必要である。好例は岡島昭浩氏による 「日本文学等テキストファイル」 <http://kuzan.f-edu.fukui-u.ac.jp/bungaku.htm> であって、 岡島氏は自身で電子化した日本文学のテキストを多数提供しているが、国内 外の他サイトにある電子化テキストもあわせて整理しリストしていて、全体を 一望できるようにしている。

このような情報の集積と再編成は分野ごとに一種類しかあり得ないのではなく、 だれでも自分なりのやり方でできる。 WWWは、単に一サイトからの一方通行 の「情報発信」でなく、多くのサイトがそれぞれ連携しあるいは建設的に批評 し、有機的に関連し合った情報を発することによって、全体として質の高い学 術情報の流通の場になるのである。そして、このようにして形成されるゆるや かな分散型総合学術情報システムこそ最もインターネットの長所を生かした使 い方だと筆者は考える。

5. インターネット利用にまつわる問題点

インターネット利用には問題点もまた数多い。一般的な観点からの問題点が指 摘されていることは2節でふれたが、人文学研究のための利用にまつわる問題 点も多い。そのうちのいくつかは人文系の研究目的での利用のスタイルが確立 していないことに起因すると思われる。

例えば、ウェブページ作成が容易になったあまり安易な態度で作っているため か、 HTMLの文法に違反しているページが余りにも多い。それらは違反に寛大 な一部のブラウザではそれなりに表示されるが、他のブラウザでもきちんと表 示されるという保証はない。また、ブラウザ依存の拡張タグも多用されること があるが、学術情報の閲覧に特定企業の製品の使用が前提とされる事態は可能 な限り避けるべきであろう。かりに内容の上で互いに関連の深い二つのウェブ サイトが異なったブラウザの使用を前提としていたら、両方を見るには多大な 負担を強いられることになる。さらに、ナビゲーションの上で画像に過度に依 存しているページは、読み上げ式のブラウザを利用している視覚障害者を排除 している。個人が趣味で作るページは大幅な自由があってよいし、企業サイト はクライアントの囲い込みをねらって企業の論理で動くのは当然である。しか し、異なる機種のコンピュータを結ぶというコンピュータネットワークの理念 からしても、学術情報のそもそもの性質からしても、学術情報の流通を目的と したウェブサイトはできるだけ広い範囲の人が平等にアクセスできるような形 が望ましい。

言語の差別もまた問題点となる。インターネットでは国際的な場面で英語の使 用が当然のこととされがちである。ソーントン不破(1997)は英語の使用が「自然」 だと考えているようだが、人文学の研究情報にとって言語は重要な意味を持って おり、そのような考えはあまりにも事態を単純化した見方である。英語以外の 言語を母語とする者にとって不利な状況が生まれないように、常に注意する 必要があろう。

6. 結び

インターネットに対する望ましい対処方法は、インターネットの特質と人文学 研究の性格を見極め、冷静に判断し行動することである。インターネットは従 来の情報流通の手段に取って代わるものではなく、新しい選択肢の一つにすぎない。 とはいえ、インターネットは従来の情報流通の手段にない特質を有しており、そ れをうまく活用することによって人文学の研究情報の流通を一層進展させるこ とが可能である。

人文学の研究者にとって「ネットワーク」はケーブルのネットワークでも電子 信号のネットワークでもなく、研究情報のネットワークであり、人間のネット ワークであるはずである。大事なのはインフラストラクチャーではなく、その 上に構築される学術情報の流通の場である。これは多くの分野でまだ十分には 成立していないし、近い将来に成立するかどうかも楽観はできない。しかし、 これは、それに参加しようと思う個々人が積極的・能動的に参与しなければ決 して達成されるはずはないのである。その意味で、人文系のネットワーク利用 の将来は、現在の利用者の利用のしかた如何にかかっている。

謝辞

本稿に述べた考えをまとめるにあたっては、インターネット(電子メールと WWW)を介しての諸氏との交流が有益であった。特に、市川毅氏、岡島昭浩氏、 小倉肇氏、永崎研宣氏、根岸泰子氏、福島比呂子氏、村田右富実氏には、お名 前を挙げて感謝の意を表したい。

参考文献

会津泉 1996「社会科学とインターネット利用」 in:石田晴久他編(1996), pp.164-168.
石田晴久他編 1996『インターネットの使い方』共立出版.
エド・クロル 1995『インターネットユーザーズガイド 改訂版』オーム社発売.
ソーントン不破直子 1997「日本の『英語病』は杞憂」 (朝日新聞1月16日論壇欄).
WIDE Project編 1996『インターネット 参加の手引き 1996年度版』共立出版.


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岡本真『これからホームページをつくる研究者のために』 (築地書館, 2006)に再録されました。


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