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国際語エスペラント運動に関するプラハ宣言


この宣言は1996年7月、チェコのプラハで開かれた第81回世界エスペラント 大会で採択されたもので、21世紀を前にした国際語運動の原則と目的を 指し示すとともに、現代社会におけるエスペラント語使用者の立場を 明らかにしようとするものです。

世界エスペラント協会はこの宣言を、エスペラント語使用者であるか否かを 問わず、多くの方々に提示して、検討と支持をお願いすることを決めました。 宣言はすでに多くの言語に翻訳され、同協会を構成する各国のエスペラント組織の 手で広く市民の間に頒布され、賛同の署名を集めています。

宣言が提起している問題は、平等で民主的なコミュニケーションの発展が、 人間の未来にとって不可欠であると考える人々にとって、さらに国際語の 必要性について真剣な考慮を払おうとする人々にとって、検討に値する十分な 内容を持っていると私たちは考えています。

日本語訳:日本エスペラント学会
訳文を改変しない限り自由に配布することができます。
プレーンテキスト版もあります。
エスペラント原文と各国語訳(スウェーデン・エスペラント協会による)もどうぞ。


私たち、エスペラントの発展のための世界的な運動に加わる者たちは、
この宣言をすべての政府、国際組織および良心ある人々に対して送り、
ここに表明された目標に向けて私たちが不退転の決意をもって活動し続ける ことを宣言するとともに、
それぞれの組織と個人とが私たちのこの努力に加わるよう呼びかける。

エスペラントは、1887年に国際的コミュニケーションのための補助言語案と して提唱された後、生命力と表現力に富んだ言語へと速やかな発達を遂げ、 すでに一世紀以上にわたって言語と文化の壁を越えて人々を結びつける働きを 果たしてきた。エスペラントの使用者たちが目指してきた理想は今なお重要性と 現代的意義を失っていない。私たちは公正で効果的な言語秩序のためには以下に 述べる原則が必須であると考えるが、いずれかの民族語を世界語として使用しても、 また今後いかに通信技術が進歩し、新しい言語教育法が開発されるにしても、 これらの原則を実現することはできないであろう。

1.民主性

あるコミュニケーションのしくみが、特定の人々には一生涯の特権を与える 一方で、他の人々にはより低い段階の能力の獲得にさえ多年の努力をつぎ込むよう 求めるなら、それは根本において反民主的なものである。エスペラントは、 他の言語と同様に、完全ではないが、平等な全世界的コミュニケーションという 領域では、どの競合する言語に比べてもはるかにまさっている。
 言語の不平等は、国際レベルを含めたあらゆるレベルにおいて、 コミュニケーションの不平等を生み出すものであると、私たちは主張する。 私たちの運動は民主的なコミュニケーションを目指すものである。

2.民族性を超えた教育

民族語はそれぞれ特定の文化・国家と結びついている。例えば、英語を 学習する生徒は英語圏の諸国、特にアメリカ合衆国とイギリスの文化・地理・ 政治について学ぶことになる。それに対してエスペラントを学習する生徒は、 国境のない世界について学ぶのであって、そこではどの国も故国と見なされる。
 いずれの民族語を用いた教育も特定の世界観に結びついていると、私たちは 主張する。私たちの運動は民族性を超えた教育を目指すものである。

3.教育上の効果

外国語を学習する人の中で、それを習得できる人の割合はごく低い。 それに対してエスペラントの習得は独習によっても可能であり、他の言語を 学ぶための予備的学習としての効果についてもさまざまな研究報告がある。 また、生徒の言語意識を高めるための教科においてエスペラントを中核に 位置づけるよう勧める声もある。
 民族語の学習は難しく、第二言語の知識があればそれによって益を受ける はずの多くの学習者にとって常に障害となり続けるであろうと、私たちは主張する。 私たちの運動は効果的な言語教育を目指すものである。

4.多言語性

エスペラントの共同体は、その構成員が例外なく二つ以上の言語を 話すという、世界的規模の言語共同体としては数少ない例の一つである。 構成員はそれぞれ、少なくとも一つの非母語を会話のできる程度まで学ぶことを 自己に課している。多くの場合、このことは複数の言語に対する知識と愛着を もたらし、ひいてはその人の視野をより広くすることにつながっている。
 どの言語の話し手にも、その言語の大小を問わず、コミュニケーションが 可能な高い水準まで第二言語を習得する現実的な機会が与えられていてしかる べきだと、私たちは主張する。私たちの運動はその機会を提供するものである。

5.言語上の権利

言語間に力の不平等があることは、世界の大部分の人々にとって、言語的な 危機感をもたらし、ときには直接の言語的抑圧となっている。エスペラントの 共同体では、母語の大小や公用・非公用を問わず、互いの寛容の精神によって、 中立の場に集っている。このような言語における権利と責任の間のバランスは、言 語の不平等や紛争に対する新しい解決策を進展させ評価するための先例と なるものである。
 いずれの言語にも平等な取り扱いを保証する旨が多くの国際的文書に表明されて いるが、言語間の力の大きな格差はその保証を危うくするものであると、 私たちは主張する。私たちの運動は言語上の権利の保証を目指すものである。

6.言語の多様性

諸国の政府は往々にして世界における言語の多様性をコミュニケーションと 社会発展にとっての障害とみなしがちである。しかし、エスペラントの共同体に とっては、言語の多様性は尽きることなく欠くことのできない豊かさの源泉である。 したがって、それぞれの言語はあらゆる生物種と同様にそれ自身すでに価値があり、 保護し維持するに値するものである。
 もしコミュニケーションと発展に関する政策がすべての言語の尊重と支持に 基礎を置くものでないならば、それは世界の大多数の言語に死を宣告するもの であると、私たちは主張する。私たちの運動は言語の多様性を目指すものである。

7.人間の解放

いかなる言語も、その使用者間のコミュニケーションを可能にすることに よって人々を自由にしている一方で、他の人々とのコミュニケーションを 阻害することによって不自由にもしている。全世界的なコミュニケーションの 道具として立案されたエスペラントは、人間解放の大きな実際的事業の一つである。 すなわち、すべての人が各自の地域文化や言語的独自性にしっかりと根ざして いながらそれに制約されず、人類の共同体にその一員として参加することを 可能にする事業なのである。
 数ヶ国の民族語のみを使うことは自己表現やコミュニケーション、連帯の 自由に対する障害となることが避けられないと、私たちは主張する。私たちの 運動は人間の解放を目指すものである。


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1997-05-24T14:08:35
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