インド学仏教史研究室の沿革

 本研究室は,1923(大正12)年,宇井伯壽教授,金倉圓照助教授を擁して発足した「印度学講座」に遡る。2年後,「印度学第二講座」が増設され,金倉が1929(昭和4)年以降担任した。宇井は1929年東京大学に移り,1934年まで兼任の職にあった。その間,宇井はヴァイシェーシカ,ニヤーヤ学派を始めとするインド哲学史と,初期仏教から大乗に至る文献,思想を研究・教授し,我が国で最初に「インド哲学史」の概念を築いた。金倉は1934年に第一講座(印度哲学)担任に移り,1960(昭和35)年定年退官するまで,ヴェーダーンタ学派,ジャイナ教,インド古代・中世思想史を専門にした。

1963(昭和38)年,印度学第一講座を「印度哲学」,同第二講座を「仏教史」と改め,1967年に「仏教史」を「印度仏教史」と改めた。1967年,磯田煕文が印度仏教史講座専任講師に着任し,1979年助教授,1993(平成5)年教授となり,2002(平成14)年定年退官まで,インド,チベットの後期大乗仏教を中心に広く業績を残し,後進を育てた。1969(昭和44)年には,村上真完が印度哲学講座助教授に着任,1989(平成1)年教授となり,1996年定年退官まで,正統諸派の哲学を中心に,インド学,仏教史の広範な領域に亘って,研究・教育に業績を残した。1976(昭和51)年から3年間,玉城康四郎が印度仏教史講座を担任し,初期仏教,初期大乗仏教を研究・教授した。1980(昭和55)年,塚本啓祥がその跡を継ぎ,1993年の定年退官まで,碑銘を中心とするインド仏教史研究を担い,法華経写本の研究を始め,文献研究へのコンピュータの援用に先駆的役割を果たした。

 1996年に,後藤敏文が村上の職を継ぎ,1999(平成11)年,桜井宗信が助教授に着任,2004(平成16)年より教授として,インド・チベット仏教史を担当している。2007(平成19)年,吉水清孝が准教授に着任,2012(平成24)年より教授として,インド哲学とヒンドゥー教の思想史を担当している。後藤敏文は2012(平成24)年に定年退職した。1997年の改組に伴い,現在「インド文化学講座,インド学仏教史専攻分野」として桜井・吉水が研究・教育に当たっている。

 宇井は『インド哲学史研究』全6巻により学士院賞(1931),後に文化勲章(1953)を受けた。金倉は『印度中世精神史(上)』により学士院賞(1953)を受け,文化功労者(1985)に選ばれた。また,金倉,山田,多田,羽田野共編著による『西蔵撰述仏典目録』が学士院賞(1955)を授与された。

 1934年,山田龍城が第二講座(印度仏教史)教授に就任し,1959年退官まで,初期仏教,初期大乗仏教を研究,就中,大乗仏教隆起について業績を残した。10年に亘ってチベット学問寺(セラ)にあった多田等観は,1935年専任講師として着任し,1943年までチベット語,チベット文献研究に携わった。その後任として,1944年,羽田野伯猷が着任し,1951年助教授,1959年より教授として印度学第二講座を担当,1975(昭和50)年退官まで,サーンクヤ,ニヤーヤ学派の哲学史,インド・チベット仏教史を研究・教授した。特にチベット学研究において先駆的業績を残した。

片平キャンパスの旧文学部棟
(現法科大学院・公共政策大学院)*
(*写真2点は木村俊彦氏撮影による)

同・旧研究室前*