実践宗教学寄附講座

臨床宗教師倫理綱領
臨床宗教師倫理規約(ガイドライン)

臨床宗教師倫理綱領について

「臨床宗教師倫理綱領」は、臨床宗教師が公共空間で活動する際に必要な心得についてまとめたものです。「臨床宗教師倫理規約(ガイドライン)および解説」もあわせてお読みください。

 


 
臨床宗教師倫理綱領
 

日本臨床宗教師会
2016年2月28日制定

 前文 
 東日本大震災後の「弔いとグリーフケア」を提供するため、宮城県宗教法人連絡協議会等の支援を受けて2011年3月に設立された「心の相談室」は、「チャプレン行動規範」に基づいて活動を行った。同室は、2012年4月に東北大学大学院文学研究科に開設された「実践宗教学寄附講座」の運営に協力するため、「実践宗教学寄附講座運営委員会」を設置し、2012年9月には「チャプレン行動規範」を改編した「臨床宗教師倫理綱領」を制定した。さらに同室は、より具体的な課題に対応するために、2015年5月に「臨床宗教師倫理規約(ガイドライン)および解説」を制定した。
 日本臨床宗教師会は、これまでの経緯を踏まえて、上記の「臨床宗教師倫理綱領」と「臨床宗教師倫理規約(ガイドライン)および解説」を継承する。臨床宗教師は、宗教・教派・宗派の立場をこえて人々の宗教的ニーズに応える専門職である。実習を含めた臨床宗教師の現場での活動を適切なものにするべく、関係者は本倫理綱領と倫理規約を共有する。臨床宗教師の養成を行う教育組織は、各々倫理委員会を設け、養成中の倫理的事案について対応する。
 
<ケア対象者の人間として、個人としての尊厳を尊重する> 
1 臨床宗教師はケア対象者の個の尊厳を尊重しなければならない。またそれを傷つけることのないよう、常に最大限の配慮をしなければならない。
 
<人種、性、年齢、信仰、国籍等によって差別しない>
2-1 臨床宗教師は、その人種、国籍、文化的背景、性別、年齢、障害の有無等によって、ケア対象者を差別してはならない。
2-2 臨床宗教師は、ケア対象者を自らの先入観や偏見に基づいて見ることのないよう、可能な限り心がけなければならない。
 
<ケア対象者の信念、信仰、価値観の尊重> 
3 臨床宗教師はケア対象者の信仰・信念や価値観、社会文化的背景等を尊重しなければならない。臨床宗教師はケア対象者に対して、自身の信仰・信念や価値観に基づいてケア対象者の話を解釈することがないようにすべきである。そのために臨床宗教師は、絶えずそれらを自覚化するよう心がける必要がある。
 
<臨床宗教師自身の信仰を押しつけない(ケア対象者の信念・信仰、価値観の尊重)>
4-1 臨床宗教師は布教・伝道を目的として活動してはならない。また、そのような誤解を生むような行為は控えなければならない。 
4-2 たとえ臨床宗教師とケア対象者の所属宗教・宗派が同じであっても、その両者の信仰の内実は全く同じわけではない。臨床宗教師はケア対象者の個別性を丁寧に受け止め、尊重すべきである。
4-3 臨床宗教師は、安易に自らの信念・信仰や価値観に基づいてケア対象者に対してアドバイスや指導を提供してはならない。ケア対象者が、例え自らの信仰・信念や価値観の観点から見て好ましくないものであったとしても、ケア対象者からの同意なしに、その観点から独善的にケア対象者の価値を判断したり、どうあるべきかを指導したりしてはならない。
4-4 ケア対象者に対する宗教的な祈りや唱えごとの提供は、ケア対象者から希望があった場合、あるいはケア対象者から同意を得た場合に限る。それを提供する際には、ケア対象者のみならず周囲に対する配慮も必要とされる。
4-5 いわゆる「宗教的なゆるし」等、伝統的に宗教者が担う役割は、それがケア対象者から求められた場合にのみ、同時にその臨床宗教師自身がそれを提供するのにふさわしいと判断する場合に限って提供することができる。
4-6 宗教的物品(聖典、冊子、パンフレット等)の配布も、基本的にケア対象者からの要請があった場合に限る。宗教的物品の販売は、これを行わない。販売代行をケア対象者に依頼することも同様に禁ずる。
4-7 ケア対象者が、その臨床宗教師と別の宗教・宗派の臨床宗教師、あるいは同じ宗教・宗派でも別の臨床宗教師によるケアを希望した場合には、ケア対象者の希望に沿う臨床宗教師の紹介を、可能な範囲で行うべきである。
 
<ケア対象者に関する情報の守秘義務>
5-1 臨床宗教師は、特にケア対象者のプライバシーに関わる情報を知る立場にある。臨床宗教師は、ケア対象者、および同僚や現場関係者についての情報、およびその他臨床宗教師としての立場から知り得た情報に関しては、適切にそれを守秘しなければならない。またそれを書面等のメディアに記した場合には、それを適切に管理しなければならない。とりわけ、布教伝道・営利活動を目的として利用されないよう、十分に配慮しなければならない。
5-2 特にケアを通じて得られたケア対象者の情報に関しては、ケア対象者のプライバシー尊重の観点から守秘すべきか、あるいは何らかの正当な理由から他のケア提供者や支援者と共有すべきかを適切に判断しなければならない。
 
<アドボカシー(ケア対象者のエンパワーメント)> 
6 ケア対象者のニーズが、その周囲の人々や支援者など、それを知るべき立場の人に伝わっていないことがある。かかる状況を知った臨床宗教師は、ケア対象者の同意を得た上で、知るべき立場にある人に代弁して伝える役割を担う、あるいはそのニーズの充足のための調整を心がける必要がある。
 
<情報の適切な扱い>
7 臨床宗教師は、自らが臨床宗教師として活動した場合には、次のようにその活動状況に関する報告義務を負う。①(それが必要と判断される場合に)ケア対象者の関係者、所属組織等に対する報告、②(所属組織の規定に従って)臨床宗教師自身の所属組織に対する報告。
 
<臨床宗教師としての適切な振舞>
8-1 臨床宗教師は、公的な性格を有する一種の高度専門職業人である。臨床宗教師は、自らの発言に関して、それが公の立場からのものか、あるいは私の立場からのものかを適切に判断しなければならない。臨床宗教師は、その社会的役割にふさわしい、適切な振る舞いをしなければならない。
8-2 臨床宗教師は、その社会的役割の立場・地位を、乱用・悪用してはならない。
8-3 臨床宗教師は、自分自身、あるいは他のメンバーが不適切な振る舞いをした場合には、その事実を倫理委員会に報告する義務を有する。倫理委員会は会議を開催し、対応を決定するが、関係する臨床宗教師はそれに従わなくてはならない。
 
<所属組織の規律遵守> 
9 臨床宗教師は、その倫理綱領のみならず、自らが所属する団体、あるいは宗教組織の規律、行動規範をも守る義務を有する。また、その所属組織との良好な関係性の構築・維持に努めなければならない。
 
<同僚との良好な関係の維持> 
10 臨床宗教師は、他の臨床宗教師と、その信念・信仰や価値観の違いを超えて、良好な関係の構築・維持に努めなければならない。
 
<他の組織との良好な関係の維持>
11 また臨床宗教師は、活動を通して関わる個人や団体、コミュニティとの良好な関係の構築維持にも努めなければならない。
 
<宗教間の良好な関係の促進>
12 臨床宗教師は、その立場の違いを超えて、具体的な社会的ニーズの充足や問題解決、更には社会構築という目標に向かって互いに協力し合える関係性を見出していかなければならない。
 
<自立的かつ持続可能な体制の構築>
13-1 臨床宗教師は、自分たちのケアや支援の限界を自覚していなければならない。例えばごく短期間しかケアを提供できないことも少なくない。その場合には、短期間の関わりの中で、特に役に立てることに焦点を当てる必要がある。
13-2 同時にケア対象者やその地域の自立的、かつ持続可能な体制の構築を視野に入れ、地域の人たちと互いに支えあうような人間関係の構築や、地域の援助機関を中心とした体制の構築などの観点から、自分たちが何をすべきかを判断していくことが必要である。
 
<自己向上義務>
14-1 臨床宗教師は、一人の人間として、専門職として、また宗教者として、自らの向上に絶えず努めなければならない。
14-2 臨床宗教師は、互いに向上すべく、切磋琢磨し合わなければならない。
 

以上 

 
臨床宗教師倫理規約(ガイドライン)および解説

日本臨床宗教師会
2016年2月28日制定
 
前文

 
 臨床宗教師は同時に宗教者でもある。臨床宗教師としての倫理と、所属する教団の倫理の双方を遵守することが求められる。すなわち公共空間において活動する場合は、宗教者としての倫理に加えて臨床宗教師の倫理を守る義務がある。臨床宗教師には、2016年2月28日に制定された「臨床宗教師倫理綱領」(以下綱領)があり、「実習を含めた臨床宗教師の現場での活動を適切なものにするべく、関係者は本倫理綱領と倫理規約を共有する」こととなっている。
 本規約は、「綱領」の理念尊重の上、臨床宗教師が陥りがちな倫理問題についてより具体的な注意を喚起することによって、問題の発生を未然に防ぎ、臨床宗教師の質を確保・向上させ、ケア対象者の福祉を改善しようとするものである。本規約の適用は、臨床宗教師の研修受講と共に始まり、研修終了後もこれを遵守しなければならない。
 解説:本規約は、臨床宗教師として公共空間において活動する場合に適用され、宗教空間で行われる宗教活動について規制するものではない。ただし宗教的活動と臨床宗教師活動が混同されていると疑念を抱かれないよう充分な注意を払わなければならない。
 
1.臨床宗教師は、ケア対象者の自律性を尊重しなければならない。
 
 解説:臨床宗教師の宗教観・価値観を押しつけてはならない。あくまでケア対象者の人生であり、その自発的選択を尊重する。臨床宗教師は指導するのではなく自律を助ける援助者であることを肝に銘じなければならない。あくまでケア対象者がケアの主人公なのである。
 
2.臨床宗教師は、ケア対象者を傷つけてはならない。
 
 解説:医療者は患者を傷つけず、最善の治療を尽くすことを誓う(ヒポクラテスの誓い)。臨床宗教師も、ケア対象者を傷つけず最善のケアを提供する義務を負う。臨床宗教師が他のケア提供者と異なり、自覚しておかなければならないことは、宗教者の宗教的言動が相手を傷つける場合があるということである。いわゆる因果論や天国、地獄などの死後世界観もケア対象者を傷つけることがある。宗教的権威を誤用したハラスメントにも注意しなければならない。当然、ケア対象者の家族や、医療・介護スタッフ、同僚などとの関係も、良好な関係を維持し損なうことがあってはならない。
 
3.臨床宗教師は、ケア対象者を公正・平等に扱わなければならない。
 
 解説:ケア対象者をひいきまたは疎ましく思い、人や時によって対応を変えてはならない。ケア対象者とうまくいかないときは、スーパーヴィジョンを受け分析することでケア力が向上する。場合によっては無理せず他の臨床宗教師と代わることも賢明な選択である。
 
4.臨床宗教師は、活動する公共空間において、そのルールを遵守しなければならない。
 
 解説:臨床宗教師として活動する以上、公共空間において、布教・伝道・宣教をしてはならないことはもちろん、言動や服装などもその公共空間に許容されるものでなければならない。作務衣や修道服などの着用が好ましくない場合も少なくない。化粧や香水、香などにも配慮が必要である。公共空間の管理者と事前によく摺り合わせておく必要がある。またケア対象者の自宅であっても、在宅ケアとして派遣されている場合は、派遣先のルールを遵守する。また、個人的に依頼を受けてケア対象者の自宅を訪問する場合も、その場を公共空間とみなしてケアを提供するべきである。
 
5.臨床宗教師はケア対象者の秘密を守りつつ、派遣先の情報共有のルールを遵守しなければならない。
 
 解説:臨床宗教師はケア対象者からさまざまな秘密を明かされることがある。この秘密は守らなければならないが、医療・福祉施設などでは情報の共有を求められることもある。ケア対象者に対する守秘義務を果たしつつ、派遣先(活動現場)のルールに従って情報を共有することは矛盾するが、ケア対象者の諒解を得、その部分を共有するなど工夫が絶えず必要である。診療記録などのケア記録は一般的に5年間保存とされ情報公開の対象となり、ケア対象者が読む可能性があることを留意しておく。記録を取ることは、臨床宗教師自身のケア力向上をもたらすだけでなく、ケア対象者、臨床宗教師双方をトラブルから守る意味からも必要である。
 
またケア対象者には事前に、「自傷他害のおそれのある場合は守秘義務の例外とする」原則があることなどを伝えておく必要がある。
 
6.臨床宗教師は、布教ととられる行為を行わず、地元の宗教者と友好関係を保たなければならない。
 解説:臨床宗教師の活動は、地域の寺檀関係等を損なうものとして警戒されることがある。そうした疑念を払拭し、地元の寺院や教会などとの無用なトラブルを避け、円滑で継続的な地域貢献を可能とする関係を築かなければならない。地域の宗教団体が地域の臨床宗教師活動を担えるよう、協力を求める啓発活動を行う。
 
7.臨床宗教師は、ケア対象者と多重関係をもってはいけない。
 
 解説:「多重関係」とは、公共空間で出会う臨床宗教師としての立場の他に、「宗教者」としてや「個人」としてケア対象者と関係をもつことである。具体的には、公共空間で出会ったケア対象者を自らの教団の施設や行事に誘ったり、ケア対象者と個人的に会ったり、自宅を訪問する(在宅ケアとして自宅を訪問することは含まれない)などである。こうしたことは臨床宗教師およびケア対象者の双方にとって関係の混乱をもたらし、さまざまなトラブルを引き起こし、致命的な過ちを冒すことになる。厳に慎まなければならない。ケア対象者との関係は常にオープンにしておく必要がある。
 
8.臨床宗教師はケア対象者から金員を受け取り、ケア行為を宗教的宣伝に使うなど個人的欲求または利益のために行動してはならない。
 
 解説:臨床宗教師としての活動は、公共空間で行われるため、ケア対象者から報酬や布施・寄附などの金員を個人的に受け取ってはならない。また高価な物品を受け取ってはならない。一般社会から宗教者へ向けられる最も厳しい批判は、「営利主義」や「貪欲」であることを忘れてはならない。またケア対象者から遺産などを贈与されることも認められない。宗教者には許容される場合があっても、臨床宗教師としての活動時には慎まなければならない。
 またケア行為を、自らや教団の利益のために行ってはならない。
 
9.臨床宗教師は自己研鑽と相互研鑽につとめ資質の向上を図らなければならない。そのために臨床宗教師会に所属し、研修会に参加する責務を負う。会の認めるスーパーヴァイザーの指導にもとづき事例を研究する必要がある。
 解説:単独でケア対象者と接することが多い臨床宗教師は、自らの言動を客観的に見ることが難しく独善的なケアに陥りがちである。それを避けるために事例研究会(会話記録)や研修に積極的に参加し、スーパーヴァイズを受ける必要がある。自らの資質向上に留まらず、他の臨床宗教師の言動にも心を配り、互いに学び合い注意しあう相互研鑽によって臨床宗教師全体の資質向上を図ることができる。臨床宗教師会で開催される研修会には積極的に参加することが求められる。
 
10.臨床宗教師は、その名誉を守り、質を保証するため、倫理綱領および本規約を遵守しなければならない。臨床宗教師としての活動に倫理的疑義が生じた場合、日本臨床宗教師会は、倫理委員会に諮問する。倫理委員会は当該案件を調査・審議させ、処遇案を会長へ答申する。処遇は、注意、再教育、活動停止、臨床宗教師名称使用の停止などである。
 
 解説:臨床宗教師の活動はめざましく、各界が注目しており、今後もさらなる展開が期待されている。しかし同時に倫理面での明確な規範が求められるようになってきた。本規約もその要請の中で制定されたものである。倫理規約とは、臨床宗教師相互の協力と研鑽によって、ケア対象者の権利を守り、より質の高いケアを提供するための基本的ルールである。
 倫理に抵触する事案や疑念が生じた場合は、会長が倫理委員会に諮問し、倫理委員会が事実関係を調査し、当人の弁明を求め、倫理委員会で処遇案を作成する。処遇案は会長に答申され、理事会において処遇を決める。処遇は原則として文書をもって行う。処遇内容は、当該事案についてのスーパーヴィジョンの義務付け、研修の受講などの教育的指導、あるいは臨床宗教師としての活動を一定期間停止させ、以後、臨床宗教師と称することを認めないことなどの活動制限、退会処分などである。
 

以上

 


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