東北哲学会/第52回大会/発表概要


歴史認識とメタファー

宮坂 和男


「〔意識の深層レヴェルにおいて〕歴史家は、本質的に詩的な行為(poetic act)を遂
行し、そのなかで歴史の領野を前もって表わす(prefigurate)」(p.x)
「詩的言語における四つの修辞」(ibid.):
 隠喩(Metaphor)、換喩(Metonymy)、提喩(Synecdoche)、反語(Irony)
        ――広義では、すべて隠喩(Metaphor)(p.34)

p.34 (1)隠喩:表現的representational
       類似(similarity)に基づく表現
      (例)「恋人はバラ」“my love, a rose”

  (2)換喩:還元主義的reductionist
       部分に分け、ある部分を別の部分に還元する
(例)「雷鳴」“the roar of thunder”
     thunder・・・・・原因(cause) ┐ cause-effect relationship
            roar・・・・・・・・結果(effect) ┘
      →原因に還元

               動作主(agent) ┐ agent-act relationship
                  行為(act) ┘
      →動作主に還元

(3)提喩:統合的 integrative
       代表的な性質によって全体を統合する
(例)「彼は全身心臓だ」“He is all heart.”

(4)アイロニー:否定的 negational
    字義的な意味とは反対のことを意味する
  →風刺(Satire)的な歴史記述

“メタヒストリー”・・・・・・19世紀の歴史記述の歴史


歴史記述の枠組み(p.29, p.36):
      〔プロット構成の様式〕 〔議論の様式〕   〔イデオロギー的含意の様式〕
(1)隠喩 ・・・・・・・ ロマンス的      個体論的      アナーキズム的
(2)換喩 ・・・・・・・ 悲劇的        機械論的       ラディカリズム的
(3)提喩 ・・・・・・・喜劇的         有機体論的     保守主義的
(4)アイロニー・・・・風刺的       コンテクスト論的  リベラル

Chapter 8 Marx: The Philosophical Defense of History in the Metonymical Mode

Chapter 4 Ranke: Historical Realism as Comedy
――Leopold von Ranke(1775〜1886) 
    実証的歴史学、文献主義
「記録上の証拠によって立証された事実のみ」を受け入れる(White, p.163)
but

「〔19世紀前半の歴史記述には、共通して次のような確信があった。〕歴史の経過
を、そのあらゆる個別性と多様性において単純に記述すれば、成就、達成のドラマを
作り出すことになる、という確信があった。また、理想的な秩序が見出され、それに
よって、物語を語ることが、同時に、なぜそれが起こったかを説明することになる、
という確信があった。歴史の記録に含まれるデータや出来事の混沌のなかに彼らが身
を浸すことの背後には、出来事をその個別性において正確に記述することが、・・・・・・
結果として、形式的な整合性を見通すことになる、という確信があった。」(White,
p.190)

「一見したところ世界史は、諸国家や諸民族が偶然的に入り乱れて突進しあい、あ
るいは襲いあい、また次々にあとを受け継いでゆくさまを示しているようであるが、
実際は決してそうではない。・・・・・・われわれが世界史の発展の中に認めるものは諸々
の力であり、特に精神的な力、生命を生み出すところの創造的なカであり、生命その
もの、すなわちそれは精神的エネルギーである。この力は定義をしたり、抽象化した
りはできないが、われわれはそれを達観し知覚することができるし、それが存在する
ことを体験的に共感できるのである。その力は花と咲いて世界を魅了し、種々さまざ
まな姿をとってあらわれ、戦いあい、抑制しあい、克服しあう。これらの力の相互作
用や継起、それらの生滅または復活の中に――すなわち、いよいよ大きな充実といよ
いよ高い意義や広い広がりを包みもっているところのそれらの復活の中に、世界史の
秘密は潜んでいるのである。」(ランケ『列強論』、世界の名著「ランケ」、
81〜82頁)

「国民精神」という統一原理による歴史的領野の把握、諸部分の統合――提喩的:

「他の国民がわれわれに対して優位を占めようと迫ってくるときには、われわれは
ただ自身の国民精神を発揚することによってのみこれと相対することができる。ここ
で私が言おうとしているのは、頭の中で考えられた空想的な国民精神ではなく、真
の、実在の、国家の中にはっきりとあらわされている国民精神のことである。」(同
上、82頁)

  ランケ: (3)提喩―喜劇的―有機体論的―保守主義的


C. Levi-Strauss, La pensee sauvage

「われわれが未開思考と呼ぶものの根底には、・・・・・・秩序づけの要求が存在す
る。・・・それは、・・・・・・あらゆる思考の根底をなすものである」(『野生の思考』、邦訳、
13頁)

「『第一』科学と名づけたいこの種の知識が思考の面でどのようなものであったかを、
工作の面でかなりよく理解させてくれる活動形態が、現在のわれわれにも残っている。
それはフランス語でふつう『ブリコラージュ』bricorage(器用仕事)と呼ばれる仕
事である。・・・・・・ブリコルールbricoleur(器用人)とは、くろうととはちがって、
ありあわせの道具材料を用いて自分の手でものを作る人のことをいう」(22頁)

「科学のやりかたが換喩的であって、あるものを他のものによって、結果を原因に
よって置き換えるのに対し、美術のやり方は隠喩的である」(31頁)

「科学・・・・・・は、構造から出来事を作り出す。・・・・・・それに対して、・・・・・・ブリコ
ラージュ・・・・・・は、出来事の集合を・・・・・・分解したり組み立てなおしたりし、・・・・・・
構造的配列を作り出そうとする」(41頁)

メタファーによる構造配列:

「スーダンのフルベ族は植物をいくつかの系列に分類する。そして系列はそれぞ
れ、曜日の一つおよび八方位のうちの一つに関係づけられている」(52頁)

「清浄、聖――男性――上位――授精(雨)――悪い季節
不浄、俗――女性――下位――受精(地)――良い季節」(110頁)

「自然: 種1 ≠ 種2 ≠ 種3 ≠・・・・・・・
      |     |     |
 文化: 集団1 ≠ 集団2 ≠ 集団3 ≠・・・・・・・」(136頁)

「人間集団と自然種の間に想定される類似性(analogie)」(148頁)

「われわれが古文書にこれほどの執心を示すのはなぜだろう? 文書に関係ある出
来事については、別に証明する方法がたくさんある〔のに〕。・・・・・・出来事それ自体
には意味はない。意味は全面的に、出来事の歴史的反響と、その出来事を他の出来事
に結びつけて説明する註解とから生じる」(290頁)

「歴史を可能にするものは、出来事の部分集合が、ある一定の時期に、一群の人間
・・・・・・に対してほぼ同一の意義をもつということである」(311頁)

レヴィ=ストロース自身の方法としてのメタファー:

「思惟面での神話的思考は、実用面での器用仕事(ブリコラージュ)と類似性(analogie)
をもつ」(38頁)

「意味連鎖を形成する輪の一つ一つにとって論理は必ずしも同一である必要はない。
この状況は、ドミノの初心者の状況に似たところがある。札が全体としてどのよ
うな構成になっているかは知らずに、くっついている隣の半分の値だけを考えて札を
並べても、それでもゲームを続けることはできるであろう」(192頁)


Wittgenstein 「家族的類似性」(Familienahnlichkeit)
――事実であると同時に方法としての類似性

「『ゲーム』と呼ぼれる諸過程について考察してみよう。つまり盤ゲーム、カード・
ゲーム、球戯、競技、等々のことである。これらすべてに共通なものとは何であ
ろうか。・・・・・それらのすべてに何かが共通するかどうかを、見ることが大切だ。
・・・・・・君にはその間の類似性(Ahnlichkeiten)や類縁性(Verwandtschaften)が見える。
・・・・・・・・ もう一度言う。考えるな、見よ。」(『哲学探究』1部66節)

「私としては、こうした類似性を特徴づけるのに『家族的類似性』という言葉にま
さるものは思いつかない。・・・・・・同様にして、例えば数の種類も一家族をなしてい
る。我々が或るものを『数』と呼ぶのはなぜか。おそらくそれが、これまで数と呼ば
れてきたものの多くと一つの類縁を有するからであろう。・・・・・・・そして我々は、繊維
と繊維を縒り合わせて一本の糸を紡ぐのとちょうど同じようにして、数という我々の
概念を拡張していくのである。実際、糸の強さは或る一本の繊維が糸の全長を貫いて
いる点にあるのではなく、たくさんの繊維が隙間もなく重なり合っていることによっ
ているのである。」(「哲学探究』1部67節)
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