東北哲学会/第52回大会/発表概要


「メタファーとコミュニケーション」

森本浩一


ここでは,メタファーの理論を,大まかに〈アドホック概念説〉と〈推意説〉の二つのタイプに分けて考えてみたい.両者はおよそ次のように特徴づけることができる.
         〈アドホック概念説〉     〈推意説〉
 理論的性格    意味論的           語用論的
 メタファーの本質 概念内容のアドホックな変形  推論による推意の発見
 生成機構     語と文脈の相互作用      解釈者による文脈の想定と推論
 メタファーの目的 類推による知識の拡張・組織化 思考の伝達(通常の伝達と同じ)
 研究対象     慣習的メタファーに力点    詩的メタファーに関心
 「科学は諸刃の剣だ」という場合,「諸刃の剣」のある特定の性質がフィルターとなり,そのフィルターを透かして見られた「科学」の性質が顕在化する.マックス・ブラックはこれを,たとえられる概念(枠)とたとえる概念(焦点)の間の相互作用として捉えた.この発想は,近年の認知言語学的なメタファー論へと継承される.
 メタファーの効果を言語(特に語)の概念内容にそくして説明しようとする点で,〈アドホック概念説〉は,伝統的な意味論的観点を踏襲している.これに対して,語用論の発展とともに生まれてきた〈推意説〉は,メタファーを語の問題としてよりも発話による意図の伝達という観点から問題にする.ある思考を伝達するために字義通りに真ではない文を発話することが適当であるようなケースは,しばしば存在する.メタファーはその一例である.こうした場合,解釈者は適切な文脈を発見することで発話の含み(推意,implicature)に到達するが,それは「ひとつ」とは限らないし,明示性の程度も様々である.一般にメタファーが詩的になるほど,推意は非明示的で「弱い」ものとなり,非命題的な効果を伴う.
 重要なのは,二つの理論タイプのどちらが,より的確にメタファーを捉えているかということではない.死んだ(あるいは瀕死の)メタファーの場合はともかく,メタファーによってもたらされるものは,規約や慣習によって語と結合しているわけではない.そうだとすれば,それを広義の「意味」と呼ぶにせよ「推意」と名付けるにせよ,それがどのようにして解釈者の心に発現しうるのかが問われなくてはならない.メタファー論はその性格上,コミュニケーションの理論を必要とするのである.更に,メタファーはイメージ・印象・感情などの非命題的なものも「喚起する」.このことを理論的にどう取り扱うかも,メタファー論が避けて通れない課題である.
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