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言語の多様性と少数言語の権利について


下に挙げたように「世界人権宣言」には「すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。」と明記されている。にもかかわらず、他の事由によるものに比べて「言語を事由とする差別」については理解が進んでおらず、無視されることが多いように見受けられる。

ある学者の見積もりによれば、世界の6760の言語のうち269語の話し手の数の合計で世界の人口の96%になるとのことである。つまり、残りの大部分の言語はその話し手の数を合計しても世界の人口の一割にも満たない。また別の学者の推定では、世界の約6000の言語のうち、(1)子供が母語として習得しなくなった言語が20〜50%、(2)現状のままでは来世紀[21世紀]中に(1)の仲間入りをする可能性のある言語が40〜75%、(3)将来にわたって安泰な言語が5〜10%となっている。つまり、世界の言語の半数近くが21世紀中に消失するであろうし、悲観的に見ると95%の言語が消失してしまう可能性さえあるということである。

しかし、この状況が人類にとって本当の進歩であるかを問う人もまた多い。各民族が長年の歴史の中で築き上げてきた文化とそれをささえる言語とは、人間がもつ豊かな可能性の現れである。それが消えることは、人間の可能性を狭めることにほかならない。人間の本質を解明するための手掛かりをなくしてしまうことでもある。

「危機に瀕した言語」を話す人々の対応はまちまちである。一方にはもちろんすすんで大言語に乗り換える人々も多くいる。生活での便宜を考えれば現実世界での当然の選択かもしれないとも言える。しかし、その一方で、自分たちの言語を守る(復興する)ために積極的に運動を繰り広げている人もまた少なくない。学校の内外で言語教育を行い、言語使用を実践し、当該言語での創作活動・出版活動を奨励するなど、言語使用を広め、深めようとする言語活性化(再活性化)運動の要素も当然含まれる。言語は民族のアイデンティティの象徴とも言えるものだからである。ここで、自治権の獲得・拡大などを目指す政治的・経済的な運動とからんでくることもあろう。

一方、地球全体としては、グローバル化の一側面として、英語が「地球語」とさえ呼ばれてさまざまな分野で広く使用されるようになっている。このことは、一見して利便性を高め、好都合なことのように思えるかもしれない。一つの言葉で話し合える人の数が増えるのだから。このような現状を受け入れ、それに適応しようとする人は確かに少なくない。

ところで、英語の「地球語化」は、英語が政治的・経済的・軍事的な強大国家と結びついていることと明らかに無縁ではない。これにともない、英語支配がさまざまな格差や蔑視・差別を生んでいることも否定できない。その現状に対して、公正なコミュニケーションという観点から現状を冷静に検討・分析・評価し、是正を試み、あるいは異議を唱えようとする人たちもいる。

地域や環境によって社会的な事情はさまざまであり、現実世界における便宜とのかねあいもあって、言語の多様性や公正なコミュニケーションをいかに確保するかということについて唯一絶対の正解などというものはありえないだろう。状況に合わせたさまざまな解決策が検討され、併用されるのがよいと思われる。その際に「言語を事由とする差別」が現在よりももっと考慮されることを望みたい。

関連の拙文


世界人権宣言 (日本語訳)

第二条

すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、 国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類する いかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての 権利と自由とを享有することができる。

Declaration on the Rights of Persons Belonging to National or Ethnic, Religious and Linguistic Minorities

Adopted by General Assembly resolution 47/135 of 18 December 1992

Article 2

Persons belonging to national or ethnic, religious and linguistic minorities (hereinafter referred to as persons belonging to minorities) have the right to enjoy their own culture, to profess and practise their own religion, and to use their own language, in private and in public, freely and without interference or any form of discrimination.

文化的多様性に関する世界宣言 (ユネスコ) (日本語仮訳)

第5条 文化的多様性を実現するための環境としての文化的権利

文化的権利は、人権に欠くことのできないものである。文化的権利は、全世界の人々に共有され、個々を分割してとらえることは不可能で、個々の文化的権利は相互に影響・作用しあうものである。創造性という面での多様性を開花させるためには、「世界人権宣言」第27条及び「経済的、社会的及び文化的権利に関する規約」第13条、第15条に定義された文化的権利の完全実施が必要である。従って、人権と基本的人権に基づいて、すべての人が各自で選択する言語、特に母国語によって自己を表現し、自己の作品を創造し・普及させることができ、すべての人がそれぞれの文化的アイデンティティーを十分に尊重した質の高い教育と訓練を受ける権利を持ち、すべての人が各自で選択する文化的生活に参加し、各自の文化的慣習に従って行動することができなくてはならない。

ユネスコ文化的多様性に関する世界宣言実施のための行動計画要旨

5.人類の言語遺産を保護し、可能な限り多くの種類の言語による表現、創造、普及のための支援を行う。

6.母国語を尊重しつつ、教育のあらゆる段階において、可能なかぎり言語の多様性を奨励し、低年齢からの複数の言語学習を促進する。

10.サイバースペースにおける言語の多様性を振興し、グローバル・ネットワークを通じたすべての公有情報への普遍的なアクセスを促進する。


リンク集

Ethnologue
SIL Internationalによる世界各地の言語についてのデータ。
Language Rights of Linguistic Minorities
国連人権高等弁務官事務所の活動。Language Rights of Linguistic Minorities: A Practical Guide for Implementation, 2017(英語版日本語仮抄訳)など。少数者の権利(国際連合広報センター)も参照。
Multilingualism and Linguistic diversity
ユネスコの活動。
UNESCO Atlas of the World's Languages in Danger
ユネスコによる危機言語地図。
UNESCO Atlas of the World's Languages in Danger
ユネスコ世界危機言語アトラス・リスト。
International Year of Indigenous Languages
2019年はユネスコ/国連が定めた国際先住民言語年でした。
International Decade of Indigenous Languages 2022-2032s
2022-2032年はユネスコ/国連が定めた国際先住民言語の10年。
LINGUAPAX Project
教育における言語の多様性と多言語使用を推進するユネスコのプロジェクト。Linguapax Asiaなども。
International Mother Language Day
毎年2月21日はユネスコが制定した、国際母語の日。
消滅の危機にある言語・方言
文化庁。
Touch the AINU Culture
文化庁による。
日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成
国立国語研究所木部暢子氏らによるプロジェクト。
危機言語データベース
日本の消滅危機言語・方言の音声データを紹介。国立国語研究所による。
デジタル博物館「ことばと文化」
琉球列島、韓国、パプア・ニューギニア。京都大学文学研究科言語学専修と京都大学コンテンツ作成室の共同研究による。
日本言語学会危機言語小委員会
2010年3月まで。その後は「危機言語関係プロジェクト」
多言語・多文化共生に向けた循環型の言語研究体制の構築、Linguistic Dynamics Science 3 (LingDy3)
東京外国語大学の基幹研究。
日本言語政策学会
社会言語科学会
日本北方言語学会
言語管理研究会
多言語化現象研究会
多言語社会研究会
(一社)日本外国語教育推進機構 (JACTFL)
母語・継承語・バイリンガル教育(MHB)学会
言語復興の港
地球ことば村
NPO法人「地球ことば村・世界言語博物館」。市民と言語学者や人類学者など。
世界にたった一つ、少数言語の単語帳 『なくなりそうな 世界のことば』西淑さんインタビュー
吉岡乾『なくなりそうな世界のことば』のイラスト担当者が語る。
ウポポイ(民族共生象徴空間)
国立アイヌ民族博物館ほか。
アイヌ民族文化財団
アイヌ語ポータルサイトなど。
【研究室】「研究室」に行ってみた。木部暢子
「Webナショジオ」の連載記事。
下地理則の研究室
九州大学下地理則さん。『春秋』の連載記事に加筆した「言語が減ることって問題ですか?への私の答え」も。
方言ってなんだろう?
奄美文化財団による。
電子ミュージアム奄美
奄美遺産活用実行委員会による。
YouTube: 危機言語
Council of Europe Language Policy Portal
欧州評議会の言語政策。
European Day of Languages
9月26日は欧州評議会が制定した、ヨーロッパの諸言語の日。
About multilingualism policy
EU(ヨーロッパ連合)の多言語主義について。
Mercator European Research Centre on Multilingualism and Language Learning
European Language Equality Network
European Charter for Regional or Minority Languages
欧州評議会のヨーロッパ地方言語・少数言語憲章。ウィキペディア「地方言語または少数言語のための欧州憲章」
The Endangered Languages Project
ハワイ大学とGoogleなどによる。
woolaroo
AIによる機械学習と画像認識で、カメラに写っている物体の名称を先住民族言語で表示するツール。Googleによる。
Terralingua
世界の言語と生物の多様性を保護しようとする団体。
The Rosetta Project
諸言語のデジタルアーカイブを作るプロジェクト。スタンフォード大学ほか。
la collection Pangloss
諸言語のデジタルアーカイブを作るプロジェクト。CNRSほか。
Wikitongues
諸言語のデジタルアーカイブを作る有志のプロジェクト。
Living Tongues Institute for Endangered Languages
危機言語のドキュメンテーション。
Foundation for Endangered Languages (FEL)
危機言語のドキュメンテーション。
Endangered Language Fund
危機言語のドキュメンテーションを支援。
Language Conservancy
アメリカを中心に危機言語の維持復興を支援。
Australian Institute of Aboriginal and Torres Strait Islander Studies
オーストラリア先住民族に関する政府機関。
European minority languages
ヨーロッパの50の少数言語の情報。
Committee on Endangered Languages and Their Preservation (CELP)
アメリカ言語学会の危機言語に関する委員会。
国際語エスペラント運動に関するプラハ宣言
1996年8月第81回世界エスペラント大会で採択。
後藤斉「インターネット言語学情報 第5回 言語の多様性と言語権」
『月刊言語』第27巻(1998)5月号, pp.100-101.
Tapping into non-English-language science for the conservation of global biodiversity
非英語で公表された科学的知見を活用することで、生物多様性の保全に関わる知見が劇的に拡大することを明らかにした論文。オーストラリア・クイーンズランド大学天野達也氏らによる。
The manifold costs of being a non-native English speaker in science
非英語母語話者の科学者が蒙っている不利益に関する実証的研究論文。オーストラリア・クイーンズランド大学天野達也氏らによる。

参考図書

日本語で書かれた、市販の書籍



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