人文学的なインターネットの利用法 第29回フランス語談話会 1998年3月14日 慶應義塾大学 後藤 斉 (東北大学文学部) gothit@sal.tohoku.ac.jp 要旨:インターネットはもはやブームを通り越して社会の一部として定着したと言 える。確かにインターネットの利用は研究に便宜を与えるが、一方でコストやリス クを伴うことも否定できない。したがって、効果的な利用のためには、コストやリ スクを最小化しメリットを最大化するための努力が必要である。  ここでは、日本国内での人文系のいくつかの分野における事例を紹介して、イン ターネットを人文系の学術情報流通の手段に使うことの意味を考えたい。 1. はじめに  現時点で「インターネットに接続しさえすればバラ色の世界が開けており、研究 教育が格段に進展する」と言うとすれば、詐欺に等しい。「インターネットの利用 は、リスクやコストを伴うが、それにもまして研究教育上のメリットが大きい。だ から推進する。」と言いたい。しかし、自信をもってそう言いきれるか。 2. 状況認識  インターネットの人文系の学術利用は商用化(1994年以降)とほぼ同時に進行して いる。商用化は、関連の機材を低廉にし、ソフトウェアの入手の便を改善するなど の点で、人文系利用にも大きなメリットがあった。しかし、一方で、ビジネスの利 用、個人の趣味的な利用、受動的な利用のみを強調することになり、学術目的での 利用の影を薄くしてしまった。新規参入者にはインターネットのそのような面しか 見えないかもしれない。  インターネットは分散型のネットワークであり、所属機関のLANを基礎単位とす るが、学術系と商用系の境界は明瞭ではない。それゆえ、今後、人文系のインター ネット利用のリスク・コストは増大する。 利用拡大への社会的圧力 機材 (量・質) 人間的要因 (管理、セキュリティ、ネチケット、目的外利用、過信と失望)  また、学術情報の流通手段としてのインターネットには問題点がある(大山 1995)。 1.情報の安定性 2.情報の信頼性 3.情報の網羅性 4.情報の検索性  したがって、個々の利用者が意識的にコストやリスクを下げる努力をしなければ ならない。 コストの分担 リスク顕在化低減の努力 インターネットの技術を理解する  また、メリットを最大化する努力も必要である。 学術的な内容を豊かにする 外から見えるようにする 隣接分野での利用を知る 3. 後藤の試み  1995年10月から二種のリンク集を作成している(後藤 1997a)。 「国内人文系研究機関WWWページリスト」 1997年3月13日現在、5ファイル、約975項目、総計約125KB) タイトルページ 学会等 第一部 東日本編 西日本編 第二部 リンク集,資料展示等,プロジェクト・研究会,非研究機関、未整理 「国内言語学関連研究機関WWWページリスト」 1997年3月13日現在、15ファイル、のべ約1700項目、総計約329KB) タイトルページ 新着, 催し 第一部 学会編 東日本編 北海道, 東北, 関東, 中部 西日本編 近畿, 中国, 四国, 九州, 外国 第二部 プロジェクト・研究会, 研究者, リンク集, 電子辞書・検索等, 多言語処理, 出版、書籍 流通, 資料展示等, 非研究機関, 未整理, 終了した催し 言語別編 日本語編, 東アジア言語編, 英語編, ドイツ語編, ロマンス語編, 諸言語編 「WWWをこの分野の学術情報の流通のためにより効果的に活用できるようにすることを目的とし ています。」 4. その他の事例 4.1 日本文学テキストデータ  欧米のウェブサイトには上質かつ無料の電子テキストが溢れている。それに比べ ると日本ではまだまだ――。そんな印象をもって調査をはじめて、びっくりした。 まだまだなんて冗談じゃない。文学だけにかぎってみても、[中略]すでに四〇〇以 上も蓄積されているのだ。皆さんもびっくりして下さい。 「こんなにたくさんあるぞ、日本文学電子テキスト」p.218.  早くから情報処理語学文学研究会など、 諸所で入力・配布が行われてきた。しかし、インターネットの長所を生かした使い 方として: 日本文学等テキストファイル (福井大学岡島昭浩) が作られ(岡島 1997)、さらに少しづつ性格の違ういくつかのウェブサイトもできて いる: 電子化テキストのリスト (明星大学柴田雅生) 日本文学関係テキストファイル等(作品別 五十音順) (甲南女子大学菊池真一) 日本文学テキスト検索 (名桜大学波平八郎) 『万葉集』、『源氏物語』、宮沢賢治作品などの検索。 万葉集語彙検索 (九州帝京短期大学市川毅) 万葉集検索 (山口大学吉村誠) 4.2 そのほか 語学・国語科教育関連リンク集 (弘前大学小倉肇) 日本近現代文学WWWサイト情報 (九州帝京短大市川毅) 歴史学関係リンク集 (鵜飼政志) 哲学/倫理学/宗教学関係国内リンク集 (永崎研宣) 学術人文系日本語メーリング・リスト案内 (福島比呂子) 5.むすび  人文学の研究者にとって「ネットワーク」はケーブルのネットワークでも電子信 号のネットワークでもなく、研究情報のネットワークであり、人間のネットワーク であるはずである。大事なのはインフラストラクチャーではなく、その上に構築さ れる学術情報の流通の場である。これは多くの分野でまだ十分には成立していない し、近い将来に成立するかどうかも楽観はできない。しかし、これは、それに参加 しようと思う個々人が積極的・能動的に参与しなければ決して達成されるはずはな いのである。その意味で、人文系のネットワーク利用の将来は、現在の利用者の利 用のしかた如何にかかっている。 (後藤 1997b: 13) 参考文献 青木三郎・阿部宏 1996「フランス語学研究とコンピュータ利用」『フランス語学研 究』第30号, pp.96-101. 朝尾幸次郎 1997「WWWページ作成の意義と研究利用」『英語コーパス研究』第4号, pp.49-58. 飯野和夫 1996「インターネットからのフランス研究」『言語文化情報の電子化とイ ンターネット』(特定研究シリーズ 6) 名古屋大学言語文化部, pp.25-56. 大山敬三 1995「インターネット時代における学術情報センターの役割」 『人文学と 情報処理』第8号, pp.10-17. 岡島昭浩 1997「人文系wwwページの試み」『福井大学情報処理センターニュース NETWORK』10-4). 黒崎浩行 1997「人文科学研究におけるインターネット利用の現状と課題」(國學院大 學日本文化研究所所内研究会) 後藤 斉 1997a「学内WWWあんなページこんなページ 第3回: 国内人文系研究機関/ 言語学関連研究機関WWWページリスト」 『SuperTAINSニュース』第13号 (1997), pp.6-9. 後藤 斉 1997b「人文学研究とインターネット」『人文学と情報処理』第15号, pp.9-14. 後藤 斉 1998「インターネット言語学情報 第2回 人文科学全般」『月刊言語』第27 巻2月号, pp.98-99. 「こんなにたくさんあるぞ、日本文学電子テキスト」『季刊 本とコンピュータ』 1998年冬号, pp.218-231. 東郷雄二 1997「通信を中心とするコンピュータ利用と言語研究」『フランス語学研 究』第31号, pp.60-66. 西納春雄 1997「英語研究とインターネット」『英語コーパス研究』第4号, pp.1-33. WIDE Project編 1996『インターネット 参加の手引き 1996年度版』共立出版.