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野間秀樹編『韓国語教育論講座 第4巻』, くろしお出版, 2008. pp.607-625.掲載

言語学のための文献解題


後藤 斉 (ごとう・ひとし)

1. はじめに

本章では,日本語学・英語学を含めて,言語学の主要な文献を分野ごとにまとめて挙げ,それぞれに短い解説をつける.本書の読者の参照の便宜を考えて,主として,日本語で書かれ,市販された書籍のうちから,比較的刊行が新しく,入手ないし図書館での参照が容易であって,あまり予備知識がなくとも読みやすく,関心を深めていくための基礎となると思われるものを中心に選択した.紙幅や全体のバランスの関係から紹介しきれなかった文献も多いが,ここに挙げる文献にはそれぞれ参考文献一覧が付されているので,読者は必要に応じてその欠を補うことができよう.

付記

このページは、上記の通り、2008年に作成したものです。その後の出版状況を反映する予定はありません。ただし、リンク切れなどについては対応する可能性もあります。ご利用の際はお含みおきください

2. 用語辞典・年鑑

用語辞典の多くは大部で高価であり,個人で購入するのは難しいことも多いが,図書館や研究室を利用するなどして,信頼性の高いものを参照するのがのぞましい.

2.1. 総合的な用語辞典

亀井孝・河野六郎・千野栄一編(1988-2001) 『言語学大辞典』,東京: 三省堂
「世界言語編」4巻のほか,「補遺・言語名索引編」、「術語編」、「世界文字辞典」の計7巻からなる大部な辞典.「世界言語編」は世界の多くの言語をカバーしており,言語によっては本一冊に相当する詳しい記述もある。「術語編」は主要言語学者の業績を紹介する人名解説も含み,「別巻 世界文字辞典」は図解が豊富である.各編とも索引が充実しており、調べやすい.言語学の全体について,最も信頼できる辞典.
クリスタル,D.(1992) 『言語学百科事典』,東京: 大修館書店
言語学の中心的分野のほか,「言語とアイデンティティー」や「言語とコミュニケーション」などを幅広く扱う.大項目の百科事典て,細かい術語を調べるというよりは,ことがらを概観するのに向いている.図版が多く,記述はわかりやすい.
中島平三編(2006) 『言語の事典』,東京: 朝倉書店
言語研究の諸分野ごとにそれぞれの専門家が概説する,大項目主義の事典.「言語の体系」という言語学の中心分野のほか,関連領域として「言語獲得」,「記号論」,「言語と文化」,「言語と政治」,「動物のコミュニケーション」なども扱われ,「言語の多様性」にも多くのページがあてられている.分野ごとに文献解題がつけられており,参照に便利.
鈴木良次他編(2006) 『言語科学の百科事典』,東京: 丸善
人文科学,教育学,日本語学,社会科学,人間学など人文社会科学系の学問からの視点だけでなく,生物学,医学,工学の分野も含めた,言語に関する総合的な百科事典.項目ごとに見開き2ページに収め,図表なども多いため,包括的に概観するためには便利である.

2.2. 各分野の用語辞典など

石井米雄編(2008) 『世界のことば・辞書の辞典』,東京: 三省堂
世界の59の言語について,辞書編纂の歴史,古典的辞書,現代の各種辞書,文法書などの解説をまとめたもの.多くの辞書が挙げられるが,書誌情報の羅列ではなく,読み物としても読める.言語ごとに代表的な辞書の図版も収められている.
飛田良文他編(2006) 『日本語学研究事典』,東京: 明治書院
伝統的に国語学と呼ばれてきた分野から日本語教育学,関連科学にわたって日本語学の領域を広くカバーする用語辞典.大小の事項を解説する事項編と研究資料や研究文献,人名の解説を含む資料編からなる.事項編では研究史や課題の記述もあり,多面的な理解を可能にしている.資料編では外国資料も扱われ,日本語研究の観点からの利用価値に触れている.
山口明穂・秋本守英編(2001) 『日本語文法大辞典』,東京: 明治書院
解釈のための文法と言う観点から,古語と現代語にわたって,文法に関する術語と文法上重要な働きをする語彙を解説している.術語については,その定義,用例,学説などが挙げられ,動詞・助詞・助動詞を中心とする語彙については,語義・用法,変遷などが詳しく解説されている.
沖森卓也他編(1996) 『日本辞書辞典』,東京: おうふう
古代の音義書や字書から現代の電子辞書まで,日本語の辞書だけでなく日本で作られたか日本と関わりのある辞書を数多く取り上げて解説する.個別の辞書を詳しく解題し,辞書関連の用語などを解説する「書名・事項解説篇」と年表などの「資料篇」からなり,索引も充実している.
寺澤芳雄他編(2002) 『英語学要語辞典』,東京: 研究社
詩学・文体論や歴史言語学などの伝統的な分野から社会言語学・認知言語学までの広い範囲をカバーする.英語に特有の現象の解説ももちろん多く含んでいるが,言語学一般の理解を深めるための用語辞典としても十分に利用価値がある.
原口庄輔・中村捷編(1992) 『チョムスキー理論辞典』,東京: 研究社
現代言語学に大きな影響を与えているチョムスキーおよびその学派の理論を専門に扱う用語辞典.個別の文法事項の用語が主だが,"Language" などの大項目も取り上げられており,チョムスキー理論に拠らないとしても参照する価値はある.
小池生夫(2003) 『応用言語学事典』,東京: 研究社
外国語教育学,日本語教育という応用言語学の中心的分野のほか,社会言語学,言語コミュニケーション,心理言語学,コーパス言語学・辞書学など広い範囲をカバーする.章ごとに概説的な紹介があり,内容的な関連によって用語が解説されているので,読む事典として使える.
真田信治・庄司博史編(2005) 『事典 日本の多言語社会』,東京: 岩波書店
日本における言語の多様性に関して,全体的な状況・政策,各エスニック・コミュニティにおける具体的な状況や課題,方言や集団語といった日本語内での多様性などに分けて,項目ごとに解説してある.基本概念や社会言語学関連用語も含んでおり,この問題の全体的な理解を得られる.
辻幸夫編(2001) 『ことばの認知科学事典』,東京: 大修館書店
言語学のほか記号論・心理学・脳神経科学など関連領域を含め,ことばに関する認知科学領域における研究を概観し,キーワードや重要概念を解説するハンドブック.
佐藤信夫企画・構成(2006) 『レトリック事典』,東京: 大修館書店
省略・反復・比喩・誇張・反語など,ことばの「あや」のさまざまな手法に関して,西洋の伝統的な修辞学の体系を踏まえつつ,豊富な近現代の日本語の例文を対象にして,具体的に解説している.

2.3. 年鑑

国立国語研究所編(2005) 『国語年鑑 2005年版』,東京: 大日本図書
国語学に関する前年の研究動向や刊行図書・雑誌論文の一覧,関係者名簿,関係団体一覧など,資料としての価値が高いデータを収めて,毎年刊行される年鑑.文献目録は付属のCD-ROMに電子データとしても収録されていて,柔軟な検索ができる.
「英語年鑑」編集部編(2006) 『英語年鑑 2006年版』,東京: 研究社
英語学・英米文学分野の,前々年4月から前年3月までの研究動向,研究団体一覧,人名録,個人別主要業績などを収録する,毎年刊行される年鑑.

2.4. 諸言語のガイドブック

柴田武編著(1993) 『世界のことば小事典』,東京: 大修館書店
世界の128の言語について,言語と文化の情報をコンパクトにまとめた事典。マイナーな言語も含まれ,それぞれに使用状況や言語構造の概要のほか,文化的情報,例文などが挙げられる.新聞の写真など図版も多い.
東京外国語大学語学研究所(1998) 『世界の言語ガイドブック1 ヨーロッパ・アメリカ地域』,東京: 三省堂
東京外国語大学語学研究所(1998) 『世界の言語ガイドブック2 アジア・アフリカ地域』,東京: 三省堂
古典語を含む欧米の主要22言語とアジア・アフリカの主要23言語について,その言語を学ぶ際に知っておくことが望ましいことをまとめる目的で作られた.分布・歴史などの概説や言語的な特徴のほか参考図書も詳しい.「知って得する情報」など楽しいトピックを挙げる工夫もされている.
千野栄一監修(1999) 『CD-ROM版 世界ことばの旅―地球上、80言語カタログ―』,東京: 研究社出版
世界の80の言語の短い紹介とそれぞれ1分半の音声データ(数詞,あいさつ,短いテキスト)をまとめたもの.選ばれた言語には地域的なむらはあるが,アジアやアフリカの少数言語も含まれていて,ほとんど聞く機会のない言語の生の音声に触れられるので楽しい.

3. 言語学史と言語学概説

3.1. 言語学史

ロウビンズ, R.H. 中村完・後藤斉訳 (1992)『言語学史 第三版』,東京: 研究社出版
ギリシャ時代から現代までの言語研究の流れを,西洋の伝統を中心軸に据えつつ,インド,アラビア,東洋における言語研究も織り込んで叙述したもの.言語学史を個々の事項の羅列としてではなく流れとして捉え,直接的な影響関係のみならず,時代や場所を越えて見られる共通性をも探ろうとしている.
ハリス,R & T.J. テイラー 斎藤伸治・滝沢直宏訳 (1997) 『言語論のランドマーク―ソクラテスからソシュールまで―』,東京: 大修館書店
ギリシャ時代から二〇世紀初頭までの西洋言語思想史上の主要著作十四を選んで,それぞれの学説史上の意義を,引用も数多くまじえて,詳しく解説したもの.言語哲学者の業績や聖書中の言語起源説も扱われており,文字通りさまざまな視点からの言語論に触れることができる.
馬淵和夫・出雲朝子(1999) 『国語学史―日本人の言語研究の歴史―』,東京: 笠間書院
日本における言語研究の歴史を,音韻,仮名遣,文法,語意,方言といった分野ごとに成立と主要業績の流れをたどることによって,概観している.原文からの引用や解説的な詳しい注も多く,読みやすい.
頼惟勤(1996) 『中国古典を読むために―中国語学史講義―』,東京: 大修館書店
小学と称された中国の伝統的な語学を漢から清の時代にわたって解説した講義録.時代ごとの中国語の音韻的特徴が詳しく説明されていて,当時の語学的記述や用語の意味を理解しやすい.随所で文化的な背景にも触れられており,典拠に関する注も細かい.
大島正二(1997) 『<辞書>の発明―中国言語学史入門―』,東京: 三省堂
中国における言語研究の歴史を,『説文解字』といった字書や『切韻』などの韻書の成立を軸に解説する.分野の性質上,特殊な用語が頻出するが,古辞書の書影に懇切丁寧な注釈をつけるなど記述は具体的なので,予備知識をあまり必要としない.
山梨正明・有馬道子編著(2003) 『現代言語学の潮流』,東京: 勁草書房
十八世紀末の現代言語学の誕生に遡りながらも,主に二十世紀の言語学の諸分野における展開を概説している.「グローバル化と言語の多様性」,「滅びゆく言語」など,今日的な話題も取り上げられている.
言語編集部編(2001) 『言語の20世紀 101人』(『言語』2001.2別冊),東京: 大修館書店
二十世紀に活躍した101人の言語学者・言語哲学者などを取り上げ,生涯,業績とその意義などを簡潔にまとめたもの.顔写真もあるので,それぞれの学者がより身近に感じられる.年表もつけられ,別に「21世紀の言語学の展望」として比較的新しい4つの分野の動向と展望がまとめられている.
『日本の言語学 三〇年の歩みと今世紀の展望』(『言語』第31巻(2002)6号 30周年記念別冊),東京: 大修館書店
主要部分では,「日本語研究から一般言語学へ」という観点から,多くの研究分野を取り上げ,分野によっては外国の研究業績も多く参照しつつ,30年ほどの研究の流れを概括している.他に,重要文献52点の要旨と研究上の位置づけも解説されている.

3.2. 言語学概説

風間喜代三他(2004) 『言語学 第2版』,東京: 東京大学出版会
「語の構造」、「文の構造」、「語の意味」、「文の意味」などのオーソドックスな言語学の中心領域を扱って,言語学の基本的な考え方を教えようとする教科書.類型論やコーパス言語学,危機言語といった新しい話題にも触れている.付録として,世界の言語地図や言語解説など.
郡司隆男・西垣内泰介(2004) 『ことばの科学ハンドブック』,東京: 研究社出版
形態論、音声学・音韻論、統語論、言語習得、意味論、社会言語学の分野にわたって,自然科学的な方法論を用いて分析する手法をわかりやすく教える教科書.付録の「ことばの研究とコンピュータ」では研究方法が概説されているほか,ソフトウェアやウェブサイトの紹介もある.
庵功雄(2001) 『新しい日本語学入門―ことばのしくみを考える』,東京: スリーエーネットワーク
文法に重点を置くが,音声・談話・敬語・方言などを含めて日本語学の広い範囲にわたって,言語学的な考察を加えていく教科書.単に知識を与えると言うより,例文とデータから読者に考えさせようとしている.
ネウストプニー, J.V.・宮崎里司編(2002) 『言語研究の方法』,東京: くろしお出版
言語学一般,とくに社会言語学と日本語教育のための,言語研究の方法論を具体的に解説している.参与観察や質問調査などフィールドワークでのデータの取得方法に詳しく,脳波やアイカメラの利用も扱われる.調査研究の倫理に触れているのも親切.
フロムキン,ビクトリア他 緒方孝文監修(2006) 『フロムキンの言語学』,東京: トムソンラーニング
「言語の本質」,「言語の文法的側面」,「言語の心理学」,「言語と社会」に分けて,わかりやすく言語学を紹介する,アメリカで広く使われて版を重ねている大学用教科書の翻訳.日本の一般的な教科書と比べると大部だが,気のきいた引用文やイラストがあって楽しい.多くの言語から例を取った練習問題も豊富で,勉強になる.

3.3. 講座・双書

大津由紀雄他編(1999-) 『岩波講座 言語の科学』,東京: 岩波書店
「言語学の方法」,「日本語の音声」,「単語と文の構造」,「意味と文脈」,「言語とコンピュータ」の5巻.「身近な問題を実際に分析する力の養成」を意図した,言語学の入門書のシリーズ.日本語の現象を例に挙げながら,人間の言語の共通性を見通す理論的な研究の方法論を伝えようとしている.
『シリーズ言語科学』編集委員会編(2002) 『シリーズ言語科学』,東京: 東京大学出版会
「文法理論:レキシコンと統語」,「認知言語学I:事象構造」,「認知言語学II:カテゴリー化」,「対照言語学」,「日本語学と言語教育」の5巻ごとに,範囲を限定して,進行中の研究からの知見が紹介される.専門性が高い論文が多いが,最新の研究動向に触れられる.
北原保雄監修(2002-2005) 『朝倉日本語講座』,東京: 朝倉書店
「世界の中の日本語」,「語彙・意味」,「文法I, II」,「文章・談話」,「言語行動」など10巻.日本語研究の広い領域を体系的に分けて,それぞれの分野の専門家がこれまでの研究をふまえて概観していく.
前田富祺・野村雅昭編(2003-2006) 『朝倉漢字講座』,東京: 朝倉書店
「漢字と日本語」,「漢字のはたらき」,「現代の漢字」,「漢字と社会」,「漢字の未来」の5巻構成,日本における漢字の受容と現代における諸相の実態を分析し,その特性と問題点をさまざまな角度から論じている.現代中国や韓国,東南アジアにおける漢字使用も扱う,
池上嘉彦・河上誓作・山梨正明監修(2003-) 『シリーズ認知言語学入門』,東京: 大修館書店
『認知言語学への招待』,『認知音韻・形態論』,『認知意味論』,『認知文法論I,II』,『認知コミュニケーション論』の6巻.これまで認知言語学からはあまり扱われてこななかった音韻・形態も含めて言語のさまざまな側面を認知言語学という新しい言語観から捉えようとする.

3.4. 古典

ソシュール,F. 小林英夫訳(1986) 『一般言語学講義』,東京: 岩波書店
「言語は特有の社会的機能を持つ組織的体系である」としつつ,「共時態と通時態」,「ラングとパロール」,「記号の能記(意味するもの)と所記(意味されるもの)」などの新しい概念によって,それまでの十九世紀の言語学を一新し,二十世紀の言語学の基礎を作った.
ブルームフィールド,L. 三宅鴻・日野資純訳(1987) 『言語 新装版』,東京: 大修館書店
行動主義心理学およびアメリカ大陸土着の言語を扱う必要の影響のもとに成立した,二十世紀前半のアメリカ記述言語学の代表的著作.研究の蓄積のない言語に向かい合って、フィールドワークの調査資料から音韻分析と形態素分析を重ねて,厳密な形式的手続きによって文法を記述していく方法が詳述されている.
サピア,E. 安藤貞雄訳(1998) 『言語―ことばの研究序説』,東京: 岩波書店(岩波文庫 青686-1)
二十世紀前半のアメリカ言語学のもう一人の立役者による言語学概説.言語の歴史的変化にみられる偏流(ドリフト)という考え方や言語の類型化の試みなどに著者の独創性が示されており,また,言語と思考,言語と文化,言語と文学などの章では、著者の言語に対する柔軟な見方がうかがえる.

4. 言語学の各分野

言語学は,おおまかに,音韻・文法・語彙といった言語の構造を扱う分野と場面や社会におけるその運用を扱う分野に分けることができるが,これはさらに,隣接分野との関連のさせ方や研究の方法論,目標などによって,細分化される.本節では,広い範囲を取り上げようとしたが,全ての分野を扱うことは到底できない.なお,上記の概説書,双書の中でも,当然のことながら,言語学の各分野は扱われている.

4.1. 音韻・文法・意味

窪薗晴夫(1995) 『語形成と音韻構造』,東京: くろしお出版
日本語と英語の語形成にみられる共通性と相違点を,音韻レベルでの比較を通して明らかにしようとする.日本語と英語の間には具体的な音声のレベルで違いが見られるが,抽象的なレベルでは共通した特徴が見られることを示して,言語の普遍性の研究につながることを示唆している.
早田輝洋(1999) 『音調のタイポロジー』,東京: 大修館書店
日本語・朝鮮語・中国語の諸方言など東アジアの言語を主な対象として,アクセントや声調といった音調について,その分布や発展を分析し,語構成や文構造とも関連付けながら,類型論的な広い視点から明らかにしていく.
河野六郎(1994) 『文字論』,東京: 三省堂
西洋の伝統を引く言語学の中では文字論は軽い扱いを受けるのが常であるが,西洋的言語学にも朝鮮語をはじめとする東洋諸語にも精通する著者は,文字の本質に切り込んでいき,表語こそが文字の根本的な機能であることを主張する.漢字の六書やハングルの起源についても,綿密な文献学的考察をもとに論じる.
中村捷他(2001) 『生成文法の新展開―ミニマリスト・プログラム』,東京: 研究社出版
生成文法理論の解説書.生成文法理論は半世紀ほどの間に何度か大幅な理論上の転換を行っており,本書では,理論の歴史的な展開をたどることで,新しい考え方をよりよく理解できるように意図されている.
ホッパー,P.J. & E.C. トラウゴット 日野資成訳(2004) 『文法化』,福岡: 九州大学出版会
かつて独立した単語であったものが後の時代の言語において単なる文法的要素になってしまう言語変化が観察され,これを文法化という.著者は,多くの言語から文法化の例を挙げてこの現象を検討するが,その視点は歴史言語学や文法の範囲にとどまらず,語用論や談話分析の観点から文法化のメカニズムを探っている.
宮岡伯人(2002) 『「語」とはなにか エスキモー語から日本語をみる』,東京: 三省堂
語という単位は言語学の基本であるようでいて,その定義は難しい.言語学では英語などのヨーロッパ語のあり方を暗黙の前提とすることが往々にしてあるが,エスキモー語を専門とする著者はここで疑問を呈し,日本語の用言複合体を複統合的性格という観点からあらためて問い直している.
国広哲弥(1997) 『理想の国語辞典』,東京: 大修館書店
本書は,国語辞典の記述に不満があるので改善案を提示するという形式をとっているが,むしろ,多数の例文や内省から語義分析を進めていく著者の手法を具体的にみせてもらうという,より積極的な意味をもっている.
ジャクソン,ハワード 南出康世・石川慎一郎監訳(2004) 『英語辞書学への招待』,東京: 大修館書店
辞書とはそもそも何であり,どのような情報がどのように書かれ,どのように使われるか,といった辞書学の問題全体を.多数の英語辞典からの引用を検討材料としながら,概観する.題材は英語の辞書であるが,辞書学一般の概論書として読むことができる.

4.2. 語用論・談話

トーマス,ジェニー 浅羽亮一監修(1998) 『語用論入門−話し手と聞き手の相互交渉が生み出す意味』,東京: 研究社出版
具体的な発話の意味は話し手と聞き手の相互交渉からもたらされるとしつつ,発話行為,会話の含意,ポライトネスなどこれまでの主要な論点を発達をたどりながら,批判を含めて,丁寧に解説した,語用論の包括的な入門書.イギリスの事情を反映した例文が多いが,論旨を追うのにさほど支障にはならない.
橋内武(1999) 『ディスコース ―談話の織りなす世界―』,東京: くろしお出版
談話分析の全体を,特定の立場によらずに,概観する入門書.日本語と英語の例を多く挙げ,図表や写真なども多用して,談話研究のさまざまなアプローチをバランスよく紹介する.法言語学・文体論・辞書編集・教科書作りといった応用にも触れているところが特徴的である.
今井邦彦(2001) 『語用論への招待』,東京: 大修館書店
これまでの展開をおさえながらも,特にスペルベルとウィルソンによって近年に提唱された関連性理論を中心にして語用論を解説する教科書.日本語の例文を多く用い,読みやすい.また,意味論や生成文法との関係についても紙数を割いている.
ハリデイ,M.A.K, & ルカイヤ・ハサン 安藤貞雄他訳(1997) 『テクストはどのように構成されるか―言語の結束性―』,東京: ひつじ書房
文章や談話は文の単なる連続ではなく,文と文との間に何らかのつながりが見られるものである.本書はこれを結束性と呼び,結束性として,指示,代用,省略,接続といった文法的結束性および語彙的結束性があることを示す.
メイナード,泉子 K.(2004) 『談話言語学―日本語のディスコースを創造する構成・レトリック・ストラテジーの研究』,東京: くろしお出版
書き言葉であれ話し言葉であれ,まとまった意味のある言語行動の断片を談話とした上で,著者は,具体的な談話の観察と分析を通じて言語の全体像にせまろうとする談話言語学を構想する.そして,物語や新聞コラム,雑誌のインタビュー記事,テレビのトーク番組,ネットの掲示板など多様なデータを用いて,談話言語学の研究を実際に示してみせる.

4.3. 社会言語学

真田信治編(2006) 『社会言語学の展望』,東京: くろしお出版
言語変種,言語行動,言語接触,言語変化,言語意識,言語計画など,社会言語学の広い範囲にわたって研究の流れと課題を概観した入門書.外国と日本の社会言語学を融合させることも意図しており,扱われる理論やテーマは日本語に関わることに重心がおかれているものの,多岐にわたる.
ロング,ダニエル・中井精一・宮治弘明編(2001) 『応用社会言語学を学ぶ人のために』,京都: 世界思想社
学問的知識の,特に日本語教育への,応用を考慮した,社会言語学全体の概説書.ことばの運用,属性,変異,変化,習得・普及の広い範囲にわたって基本的な事項が解説されるが,具体的な事例やデータの紹介も多い.
ロメイン,スザーン 土田滋・高橋留美訳(1997) 『社会のなかの言語―現代 社会言語学入門―』,東京: 三省堂
言語が社会の中でどのように機能しているかを概観する教科書.言語と方言,言語の使いわけ,言語と社会階級・ジェンダー,言語変化,ピジンとクレオールなどのテーマが扱われる.事例はヨーロッパの諸言語から採られることが多いが,必要に応じて他の地域の言語にも触れられる.最終章は社会問題としての言語問題にあてられ,ことばが持っている社会的意味の大きさを考えさせる.
小林隆・篠崎晃一(2003) 『ガイドブック方言研究』,東京: ひつじ書房
方言研究の意義を論じた上で,音韻,アクセント・イントネーション,語彙,文法(形態),文法(語法・意味),待遇表現の各分野にわたって,テーマの設定,調査の方法,分析の方法など研究の方法を具体的に示している.あわせて,現代における方言の位置づけについても触れている.
ショダンソン,ロベール 糟谷啓介・田中克彦訳(2000) 『クレオール語』,東京: 白水社(文庫クセジュ832)
世界各地のクレオール諸語を概観し,その発生の要因を言語構造よりはヨーロッパによる植民地支配という社会史的・社会言語学的状況の中に求めて,クレオール諸語がヨーロッパ語のさまざまな周辺的変種の再構造化から発生したと説く.音楽や料理などのクレオール文化の発生とも関連づける.
河原俊昭・山本忠行編(2004) 『多言語社会がやってきた―世界の言語政策Q&A―』,東京: くろしお出版
「日本編」,「世界編」,「理論・一般編」に分けて,現代の言語問題の107のトピックをQ&A形式でわかりやすく解説している.索引や参考文献(ウェブサイトも含む)も充実しており,言語政策ハンドブックとして使える.
言語権研究会編(1999) 『ことばへの権利』,東京: 三元社
言語に関わる権利が人権の一つとして保障されるべきであるという考え方を基本から解説している.「世界言語権宣言」,「国際語エスペラント運動に関するプラハ宣言」の本文などの資料も付され,資料としても便利である.
山本真弓編著(2004) 『言語的近代を超えて―<多言語状況を生きるために>―』,東京: 明石書店
言語と国家,民族の関係について,日本や南アジアの状況,エスペラント,ろう者の手話などを手がかりにして切り込んでいき,ヨーロッパ的モデルを無意識に前提とする言語観を問い直そうとしている.

4.4. コーパス言語学

齊藤俊雄他(2005) 『改訂新版 英語コーパス言語学』,東京: 研究社出版
大規模なテクスト・データの集積であるコーパスをコンピュータで扱って言語研究に利用するコーパス言語学は英語を対象にして生まれた.理論的な深化や実践の幅広さなど,研究の蓄積は英語コーパス言語学が抜きん出ており,他言語のコーパスを扱おうとする場合にも参照せざるを得ない.本書は,コーパス言語学の基礎,実践,関連分野にわたって幅広く,かつ具体的に紹介している.
スタッブズ, マイケル 南出康世・石川慎一郎訳(2006) 『コーパス語彙意味論 語から句へ』東京: 研究社
コーパスから得られるデータを基にしてどのように語彙意味論の研究にとって有意義な情報を読み取るかに関して,具体的な事例を豊富に挙げつつ,その手法を披露している.もっぱら英語の例であるが,その手法に触れるだけでも,コンピュータ処理の後にこそコーパス言語学の醍醐味があることを知ることができる.
『コーパス言語学』(『日本語学』22巻(2003)4月臨時増刊号)
日本語を対象とするコーパス言語学は,いまだ成立の途上にあると言える.この臨時増刊号では,言語学者・日本語学者と工学系の自然言語処理研究者がそれぞれの立場から日本語コーパス言語学の現状を報告している.

4.5. フィールド言語学・少数言語

大角翠(2003) 『少数言語をめぐる10の旅―フィールドワークの最前線から―』,東京: 三省堂
世界各地の少数言語を研究対象としている言語学者たちの調査記.おもしろい音韻や文法の現象の記述は具体的で,概説書の表面的な記述とは違って鮮やかに読み手に伝わり,言語研究にとっての少数言語の意義を改めて教えてくれる.調査中のエピソードなども楽しく読める.
宮岡伯人編(1998) 『言語人類学を学ぶ人のために』,京都: 世界思想社
言語学の成果と方法を踏まえつつ,ことばをとおして文化を読み解こうとする言語人類学の概説書.言語と文化に関する考察,言語相対論の批判的検討などの理論面とフィールドワークによる言語データの採取と整理・利用の具体的な方法などの実践面とが適切に扱われている.
宮岡伯人・崎山理編(2002) 『消滅の危機に瀕した世界の言語』,東京: 明石書店
世界の言語の大部分は,話者数が少なく,子供がすでに母語として習得しなくなっているか,近い将来にそうなる可能性があり,消滅の危機に見舞われている.本書では,その現状を分析し,保存・記録・調査の方法についてさまざまな観点から論じており,日本とその周辺における状況も特に詳しく扱われている.

4.6. 対照言語学・言語類型論

玉村文郎編(1998) 『新しい日本語研究を学ぶ人のために』,京都: 世界思想社
日本語を世界の言語の中に置いたときに特性が浮き彫りになるとの考えから,言語の対照研究を概括したあとで,世界の12の言語の音韻・文法・語彙と日本語との相違点と類似点が分析される.最後に,社会言語学,認知言語学,計算言語学についても簡潔に触れられている.
ウェイリー,リンゼイ J. 大堀壽夫他訳(2006) 『言語類型論入門―言語の普遍性と多様性―』,東京: 岩波書店
多くの言語を形式的な特徴に基づいて分類する言語類型論の概括的な教科書.方法論的な議論ののち,語順,格,テンスとアスペクトなど形態論と統語論を中心に幅広い事例をバランスよく挙げて,これまでの類型論研究を概観している.
角田太作(1991) 「世界の言語と日本語―言語類型論から見た日本語』,東京: くろしお出版
語順,名詞句階層,他動性,主語などに関して言語類型論の観点から日本語を位置づける.日本語を見ているだけでは特殊なものと思えたり,単に「こうである」としか言えなかったりすることがらが,多くの言語と対比することによって,人間の言語のあり方の一つとしてしっくりと説明されることになる.類型論によって個別言語がより深く理解できることを示す好著.
山口巖(1995) 『類型学序説―ロシア・ソヴエト言語研究の貢献―』,京都: 京都大学学術出版会
ロシア(ないし旧ソ連)は他民族国家であり,多様な言語を視野にいれた言語類型論は独自の発達をとげた.内容的言語類型学と呼ばれるその研究手法を概観し,それを用いてロシア語の諸現象を解明しようとする.

4.7. 言語史

吉田和彦(1996) 『言葉を復元する―比較言語学の世界―』,東京: 三省堂
文献からはわからない過去の言語の状態を推定する方法の定跡である比較方法と内的再構法を解説し,あわせて類推という言語変化の要因などにも一章をあててさまざまな角度から検討する.例として挙げられる言語データはなじみのうすいインド・ヨーロッパ諸語からのものだが,方法論の概説書として読むことができる.
吉田和彦(2005) 『比較言語学の視点―テキストの読解と分析―』,東京: 大修館書店
インドヨーロッパ諸語の歴史的比較研究における音法則の規則性という基本原理を解説した上で,実際の文章を歴史的な展望におきながら読み,個々の語形の歴史的な発達を分析する方法を豊富な実例で示している.
山口明穂他(1997) 『日本語の歴史』,東京: 東京大学出版会
日本語の歴史を,奈良時代から明治時代以降まで六つの時代に分けて,音韻,文字,語法などの項目ごとにその時代の言語的特徴を挙げていく.個々の記述は概括的で,理解を助ける用例が多く引かれているので,通史として読むのに適している.
山口仲美(2006) 『日本語の歴史』,東京: 岩波書店(岩波新書1018)
奈良時代から明治以降までの日本語の通史であるが,奈良時代は文字を中心に,平安時代は文法を中心に,というように時代ごとに特徴的なトピックを取り上げて解説している.用例を縦横に引用しながら進める記述は具体的で,高度な内容がやわらかい語り口で伝えられている.
大島正二(2006) 『漢字伝来』,東京: 岩波書店(岩波新書1031)
中国語の文字が音韻も文法も異なる日本語を表すための文字として受容され,さらに片仮名,平仮名が生まれるまでを,多くの資料を引用して描き出す.朝鮮からの文化的影響や東アジア諸国での文字使用も視野に収めており,中国音韻学についての解説まで付けられている.
馬渕和夫(1993) 『五十音図の話』,東京: 大修館書店
中国音韻学と悉曇(しったん)学(仏教とともに伝わったインドの言語学)の中から日本において五十音図が生み出された歴史を,現代から江戸時代,中世,平安時代と遡るかたちで探っていく.図版が豊富で,わかりやすい記述.
小松英雄(2006) 『日本語書記史原論 補訂版 新装版』,東京: 笠間書院
日本語の仮名文の成立を中心に,日本語書記史をもとに日本語史を再構成しようとする.記述は必ずしも読みやすくはないが,古文の引用や図版の資料を参照しながら論をたどることで,言語史を研究することの困難さが理解できる.

4.8. 認知言語学・言語獲得ほか

大堀壽夫(2002) 『認知言語学』,東京: 東京大学出版会
「カテゴリー化」,「メタファー」,「事象構造」という認知言語学の基本概念を多くの例文と図を用いて解説し,主語や受動構文といった文法上のことがらに認知言語学の視点が有意義であることを示す.さらに,談話や文化,言語の発達といった領域へのアプローチも展望されている.
フォスター=コーエン,スーザン H. 今井邦彦訳(2001) 『子供は言語をどう獲得するのか』,東京: 岩波書店
「子供の言語獲得に関して論争を重ねてきた,観察を重視する経験論的な立場と生得的な普遍文法を前提とする合理論的な立場との融合をめざして,幼児言語の豊富なデータを挙げながら,理論的な説明の有効性を示していく.データは幼児が話す非標準的な英語なので必ずしも分かりやすくはないが,訳注は詳しく,理解の補助となる.
酒井邦嘉(2002) 『言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか―』,東京: 中央公論新社(中公新書1647)
チョムスキーが主張する、人間には言語能力が生得的に備わっているという説を,脳科学の観点から裏付けようとする.脳の機能を画像化する脳機能イメージングを用いた研究のほか,失語症や手話,幼児の言語獲得の研究もまじえて,言語の脳科学の現状と課題を紹介している.
Borden, G. J., K. S. Harris & L. J. Raphael 廣瀬肇訳(2005) 『新 ことばの科学入門』,東京: 医学書院
音声言語の生成・知覚のメカニズムを生理学,音響学の基本から幅広く扱う.もともとは言語聴覚病理学などを専攻する学生向けの教科書だが,扱われている範囲は言語学の理解を深めるためにも有益な基礎的な知識とほぼ重なる.「耳で聞く資料集」として,音声データを聞くことのできるサポートサイトもある.
ビッカートン,D. 筧壽雄他訳(1985) 『言語のルーツ』,東京: 大修館書店
ピジンやクレオールと呼ばれる言語の成立と変化の様子を観察し,その言語的特徴の共通性を分析して言語の「バイオプログラム仮説」を提案し,人間の言語そのものの発生や子供の言語習得のメカニズムを説明しようと試みる.
エイチスン,ジーン 今井邦彦訳(1999) 『ことば 始まりと進化の謎を解く』,東京: 新曜社
人間の言語の起源、進化,拡散の謎について,考古学,進化学,遺伝学,動物行動学など広範な学問領域からの知見を援用しつつ,独自の,しかし説得力のある,考えを展開する.


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