ミネソタのマツイ

大リーグ観戦記

ヤンキース対ツインズ

 ミネソタで松井秀喜を見た。ニューヨーク・ヤンキース(東部地区 1位)の4番打者として大きな存在感があった。10月9日土曜日、地元のミネソタ・ツインズ(中部地区1位)とのプレーオフ第4戦。試合は5対5の延長11回表ヤンキースが、ワイルドピッチから1点をあげ6対5で勝ち、ワールド・シリーズの出場権をかけて、アメリカン・リーグの勝者を決めるために、続いてレッドソックスと戦うことになった。
 大リーグを生で見たのははじめてである。日本でもプロ野球を生で見たことはない。甲子園は昨夏の東北高校の決勝戦を生で見たが。東京六大学は、学生時代、対東大戦に出てきた当時法政の 1年生投手江川を神宮で生で見たことがある。13年前にバークレーにいたときは、サンフランシスコ・ジャイアンツやオークランド・アスレチックスが地元チームだったが、わざわざ球場に足を運ぼうとは思わなかった。
 イチローはじめ日本人が大リーガーに伍して活躍しているとなると、 1度見ておきたいという気になる。しかも松井は金にあかせて有力打者をそろえる強豪ヤンキースの4番打者である。これは見ておきたい。
  5日前にインターネットで切符を2枚求め、ジェフを誘って観戦。送られてきた切符は、三塁ツインズ側で、左翼手松井の守備位置よりやや内野より前から12列目。これで1人40ドル。日本よりずいぶん安いのではないか。Minneapolis 2004. Oct.
 ツインズ側の席なので、まず隣席の娘連れの父親に、「自分は日本人で、松井を応援しているんだ」と断りをいれる。「松井は昨日ホームランを打ったね、自分も 5分5分でどっちも応援するんだよ」との返事。アメリカの社交の精神はすごい。こうやって相手の意見に敬意を示すのである。試合中、松井の打席のたびに、彼は、娘に松井は「ジャパニーズだ」と何度も解説してあげていた。

星条旗の意味するもの

 試合前にアメリカのシンボル・イーグルが厳かに登場し、女性歌手のソロで聴衆も国歌斉唱。思想的には左翼のジェフも、左胸に手を当てて、「星条旗よ永遠なれ」を歌っている。私はビデオを回す。愛国という観念も作法も日本とはずいぶん違う。星条旗は「個人の自由」という、アメリカの建国の精神のシンボルなのだ、というのが私のホスト・プロフェッサー、ジェフ・ブロードベントの見方である。

マツイに大ブーイング

 試合前に電光掲示板で相手方から選手紹介。ヤンキースのトップ・バッターから。いきなりブーイング。 4番目の松井にもブーイング。ヤンキース側のスターティング・メンバー全員にブーイング。高校野球か東京六大学の応援みたいだ。社交の精神はどうなったんだろう。続いて、地元ツインズ側の選手紹介、全員に熱い大喝采。3番トリイ・ハンターにはひときわ大きな拍手。
 試合がはじまっても全くこの調子。ツインズびいきで大騒ぎ。三塁側のみならず、一塁側も。隣の 5分5分のはずのお父さんも、ジェフも大騒ぎ。ヤンキース側が一塁ランナーに牽制球を送るたびに大ブーイング。ツインズ側の打者が3ボールとなったら、立ち上がる。ヤンキース側の打者が2ストライクとなったら、立ち上がる。何でもないところで、やたらに総立ちで大騒ぎ。ウェーブも何度も繰り返される。
 最初の得点は 1回ウラ、ツインズが犠牲フライで1点を先取。外野フライを取られたのに三塁走者が走って、どうして得点が入ったのとジェフ。そうか、ジェフは犠牲フライのルールも知らないのに、試合観戦に付き合ってくれたんだ、と彼の優しさに感謝しつつ、ルールを説明してあげる。その後判明するが、彼はワン・バウンドで外野席に入ったら、二塁打になることも知らなかった。日本の男性だったら、ほとんど知ってるはずだが。

野球観戦という名のお祭り騒ぎ——観客のレベル

 日本でもそうなのか、やたらにビールや飲み物、ポップコーンなどを売りに来る。どんどん売れる。試合開始から 1時間後の3回ともなると、攻守交代の間にトイレに立つ人がかなり出てくる。要するに、野球観戦はビールMinneapolis 2004. Aug.を飲みながら地元チームを応援するお祭り騒ぎなのである。ハモンドオルガンが観客をリードする。電光掲示板にも、「騒げ(make noise)」とか「燃え上がれ(fire up)」とか大げさなサインが出る。日本のような鳴り物や手拍子はないが、応援のハンカチが振られる。細かいルールにはこだわらないんだ。ただし、親子連れの次の隣の客は、球場で売っているプログラムについているスコアブックを熱心に付けている。

大味な試合運び

 ツインズ側にヒット・エンド・ランの失敗と思われる盗塁のアウトが 1回あったが、サインプレーらしい攻撃は両チームをつうじてそれだけだった。バントの構えも一度あったが、2ストライクになって途中で終わる。日本のような小技はなし。指名打者制だから、ピッチャー交代の妙味にも乏しい。
 試合は 7回までは1対5でツインズが押し気味だった。ところが8回表、この回から登板のツインズ三番手の投手の出来が悪く、ヤンキースがヒットに松井の四球という1・2塁から安打で1点をとり、ノーアウトで2走者(松井は三塁ランナー)。すでに2敗のツインズはあとがないから、日本だったらここで投手交代のはずだが、ツインズ側が続投させたために、3ランホームランでヤンキースが同点に追いつき、11回表、二塁走者が三盗に成功、投手のワイルドピッチに乗じて勝ち越し点をあげるというあっけない幕切れだった。3時25分の試合開始から約4時間20分、7時46分に終了。長時間に及ぶ接戦の割には大味なゲームである。ヤンキース側が勝ち越し点をあげたときに、三塁ツインズ側にいたそれまでおとなしくしていた隠れヤンキースファン10名ぐらいがようやく判明する。
 松井は、 2打席目に最初の1点をあげる1安打、空振り三振が3回、4球が2回。とくに9回は1アウト2塁で敬遠の4球。プレーオフの打率は4割1分2厘である。三塁側から見ると、左バッターボックスに立つ松井のホームはブレがなく堂々として美しかった。三振の3打席はやや力みも感じられたが。外野席の松井はたんたんとプレーしていた。守備につくとき外野席は見るが、三塁のツインズ側の応援席を見ることは一度もなかった。外野に「MATSUI」を応援するボードなどもない。敵陣だからファンの声援もないし、声援に応えることもなかった。とくに日本人の応援もなかった。松井も特別扱いはされないのである。今や大リーグは「外人助っ人」だらけだから、松井が日本人であることも、それほど意識されていないのである。

ホームチーム・ロイヤリティ

 ホームチーム・ロイヤリティやローカルチーム・ロイヤリティというのだそうだが、地元チームびいきの感情はこれほど強烈である。実はこれが大リーグを支えてきた精神なのだろう。前日の第 3戦、ツインズは4対8と大敗。初戦の勝利のあとの2連敗、地元紙スター・トリビューンのこの日(9日)の朝の一面の見出しは、「見ちゃおれない(hard to watch)」だった。
 細かいことにはこだわらずに、大らかに地元を愛す、ニューヨークっ子のように手厳しく細かな欠点をあげつらうのではなく地元のことは何でも nice という精神を Minnesota nice というのだそうだ。ミネソタでことさらに強いのかもしれないが、おそらくはニューヨークや首都ワシントンを含め、全米どこでも、素朴な地元びいきの感情の延長上に、素朴なアメリカびいきの精神があるのだろう。「よそもの」が集う移民の国だからこそ、地域の凝集性を高めるために地元びいきは演出され、ますます強められていく。
 甲子園で阪神 ― 読売戦を生で見たことはないが、テレビでの印象からすると、 1塁側の半分ぐらいは読売ファンが占めるのではないだろうか。ともかく強いチームが好きで「寄らば大樹の陰」という意識がつよく「東京中心主義」の日本と、強烈な地元チームびいきのアメリカと、大きな文化的違いをあらためて痛感した野球観戦だった。

2004年10月10日