麻生太郎の教訓 

卒業生に贈る言葉 2008年度

重苦しい門出

 贈る側にとっても、受け止める君たちの側にとっても、今年ほど「卒業おめでとう」という言葉や「入社おめでとう」という言葉が、重苦しく、虚ろで、複雑なトーンを帯びる年が、第二次大戦後の日本にあっただろうか。これから日本はどうなるのか。世界経済はどうなるのか。入社した企業はいつまで君たちを雇い続けてくれるのか。その企業は、そもそもいつまでもつのか。

 昨年9月1日の福田康夫首相の突然の辞任表明以来、時代の大転換を凝縮したような出来事が、時には暴力的に、国の内外で相次いでいる。太平洋の向こう側には新大統領への期待がある。しかしこの国は、経済不況のまっただ中で、1年後の2010年1月1日に誰が首相であるのかを、政治ウォッチャーを含め、何人も確信をもって予測できないという、未曾有のリーダーシップ・クライシスに突入した。

オバマと麻生

 ただの強がりやシニシズムを超えて、堅実なリアリティをもってどのように希望を語ることができるのか。オバマ人気を解く鍵も、まさにこの点にある。
アメリカ大統領選投票所 2004. 11 Minneapolis
 大統領選に勝利した夜11月4日の演説で、オバマは、みなさんの勝利(your victory)ですと聴衆を讃えたが、自民党総裁に決定した直後の挨拶で麻生が言及したのは、その日9月22日が祖父吉田茂の130回目の誕生日にあたるということだった。2人の大きなギャップがここにある。

吉田茂から学んだことは

 麻生太郎にたずねたいのは、では「吉田茂からもっとも学んだことは何か」である。きちんと答えたことがあるのだろうか。吉田茂が亡くなった1967年秋、私は中学一年生だった。日頃は政治のことなど口にしない母が、このときだけは、歴代の首相が相談に行くような、偉い人が亡くなったんだよ、と話していたことを思い出す。1928年に生まれ17歳で終戦を迎えた母にとっても、吉田茂は、戦後日本の安定と「繁栄」の礎となった大きな存在だったのだろう。

 麻生内閣の支持率低迷の主因には、吉田茂の孫を自負してきた当人がこの程度だったのか、長年総理をめざしてきた人がこの程度だったのか、という失望と絶望がある。太郎の母、麻生和子は、吉田茂の三女で、父の秘書役として活躍した。吉田茂に関するどの著作でも、気働きのする利発な女性として描かれている。戦後の日本で政治家の娘として評価の高かった最初の女性である。

「とてつもない人間性」——誤読の意味

 麻生がどんなに頻繁に誤読しているのか、Wikipediaの麻生太郎LinkIconの項には、その一覧がある。低迷(ていまい)、有無(ゆうむ)、詳細(ようさい)、怪我(かいが)、頻繁(はんざつ)、破綻(はじょう)など、あまりにお粗末で目を覆いたくなる。品性や品格の乏しさ、一国の指導者としての資質を根本から疑わせる。滑稽をとおりこして悲惨である。

 完全に防ぐことは難しいが、誤読は努力して減らせないことではない。周到に準備すれば、慎重な性格であれば、誤読は相当程度防げるはずだ。あまりに素朴なレベルでこれだけ頻繁なのは、万事に注意力が乏しいことを示している。ブッシュ前大統領も、読み間違いや言い間違いが多かった。

 誤読は本人が間違いに気づきながら、少しづつ直していくものである。既に68歳で、自民党の総裁選に4度も挑戦してきた人が、これほど読み間違いをするということは、長年放置してきた、放置されてきたということであり、読書生活や知的生活の貧しさ、「とてつもない人間性」の証左である。

 首相になるまでは誤読が目立たなかったのだろうが、誰も気づかなかったわけでもあるまい。秘書官や側近、親しい記者、後援者、ブレーン、先輩・後輩、友人たち等々も遠慮して注意しなかったのだろう。この人がいかに周囲に甘やかされてきたのか、日本の政界やメディアがいかに甘いのか。間違いを指摘し、苦言を呈してくれる本当の意味での友人や先輩が乏しかったこと、周囲に人を得なかったことの例証でもある。また、本人があえて苦言を求めるようなタイプの人でもなかったからでもあろう。吉田茂の孫であることに、いかに甘えてきたのか、の証左でもある。

 麻生に不用意な失言や失敗が多いのは、自分は演説が得意だ、口がうまい、座持ちが得意だと錯覚しているからでもある。森元首相も在任中同じ轍を踏んで自壊した。口下手な人は、自覚があるだけ用心深くなる。用意も周到になる。危ないのは、口上手と自惚れているタイプの人間である。

日本の危機の鏡としての麻生

 麻生からですら、反面教師として学ぶことはこんなにも多い。麻生は日本の危機を正確に映し出す鏡でもあろう。

 麻生を嗤うことは簡単だが、それに代わりうるリーダーが不在だというところに、本当の深刻さがある。

 家族、コミュニティ、企業、国家、私たちはいずれのレベルにおいても弱体化と危機に直面し、依拠すべきシステムの空洞化に茫然自失している。

トヨタのトップ人事が意味するもの

 オバマが就任した同じ日に、トヨタ自動車は、創業者の孫を次期社長に正式に内定した。自民党の国会議員の約4割は世襲議員であり、96年に就任した橋本龍太郎から麻生まで、最近の7人の首相は、父親が町長だった森喜朗をのぞくと、6人とも衆院議員の父親の地盤を継承した世襲政治家である。これほどの例は、世界にないだろう。世襲に象徴されるシステムの硬直化と閉塞化は、これほど深刻である。

 日本のオバマはどこにいるのか。日本のオバマよ、出でよ。

2009年1月28日