Stay hungry, stay foolish!

卒業生に贈る言葉 2019年度

卒業生のみなさん、ご卒業おめでとう。

 私自身も定年により、この3月末で東北大学を「卒業」します。東北大学に着任したのは、1984101日、ちょうど30歳になったばかりの頃でした。それから356ヶ月。最初の7年半は、当時の教養部に勤務。文学部に移ったのは、199241日です。そこから、28年が経過しました。
 常勤の教員として授業を担当したのは、東北大学教養部と文学部のみ。私の履歴書はとてもシンプルです。大学教員としては、例外的に、とても幸運だったことを示しています。

点と点をつなぐ

 教員として東北大学を「卒業」するにあたってあらためて思うのは、人生の点と点はどこかでつながっているという感覚です。アップル創業者の故スティーブ・ジョブズの2005年のスタンフォード大学卒業式での有名なスピーチ[1]のメッセージでもあります。
 学生時代からいろんな仕事や活動に関わってきましたが、1つとしてムダなものはなかった、いろんな経験から学んできた、と思います。
 人と人とのつながりは、その代表的なものです。「めぐりあわせ」とも言いますが、誰にいつどこでどういう形で再びお世話になるか、わかりません。ネットとSNSの時代になって、人間関係は年々ドライになりつつあるようですが、あるときにかちえた「信用」や「信頼」はいつか思いがけず役立つときが来るものです。あたかも貯金のように。そういう経験がたくさんあります。おそらく誰にとってもそうでしょう。裏返せば、いったん失った「信用」や「信頼」ほど怖いものはない、ということでもあります。

社会学研究室を「もうひとつのふるさと」に

 みなさんも、卒業で、東北大学と縁が切れると思うのは大間違いです。卒業を機に、今度は卒業生として、東北大学との、私たちの研究室との新たな「縁」が始まるのです。
 一例をあげると、2016年夏から「仙台港の石炭火力発電所建設問題を考える会」を作り、石炭火力発電所反対運動を進めてきましたが、仙台パワーステーションの操業開始が迫った2017年夏、原告団を組織して、差止め訴訟を提起することになり、原告団団長に推されました。
 私が最初に出版した本は、舩橋晴俊さんらとの共著の『新幹線公害』(1985年)。院生時代に名古屋新幹線公害裁判を社会学的に研究しはじめてから36年後、今度は、自らが原告団を率いることになりました。引き受けるべきか迷いましたが、これも縁、逃げるわけにはいかない、と思い定めました。新幹線公害反対運動の研究で学んだ知見は、石炭火力発電所反対運動をすすめるうえでも、とても役立っています。
 説明しがたい偶然的な要因でもある「縁」は、social capital(社会関係資本)の1つでもあります。一見無関係なAという出来事と出来事Bとを相互に結び付ける、意味づけられたものが、縁とも言えるでしょう。
 せっかく取り結んできた縁を、無神経に切り捨てるのは考えものです。
 社会学研究室は、君たちにとっての新しいふるさと、「もうひとつのふるさと」でもあります。研究室との縁、同期との横のつながり、先輩後輩との縦のつながりを大事にしてください。

教育という贈り物

 行動科学研究室の佐藤嘉倫先生とともに、日本社会学会の国際発信の旗振り役を務めてきましたが、私の場合は、ジェフリー・ブロードベントというミネソタ大の環境社会学者に大いに助けられました。国際学会などで出会うたびに大歓迎され、励まされてきました。2002年に東北大に招き、2004年には私がミネソタ大に客員教授として招かれました。

 ブロードベントと カナダ・バンフ(2016年6月4日)2014年の世界社会学会議横浜大会の組織委員長の大役を務めましたが、私の主観としては、彼から受けた個人的な励ましを、日本や東アジアの若手に対して、世界中の若手の社会学者に対して、組織的に「恩返し」するのだという感覚がありました。
 贈与と交換は、社会を成り立たせている二大原理です。教育と研究成果の発信、社会への還元こそは、私たち研究者がはたすべき基本的な贈与と言えるでしょう。大学からの給与をのぞくと、教育には見返りがありません。教育の本質は、贈与の無償性にあるんだな、とつくづく思います(笑)。

 私自身が受け取ってきた恩師や先輩・同輩・友人たちからの大きなたくさんの贈り物。それらを少しでもふくらませて、若い世代に手渡していくことが、大学教員の仕事だと思っています。
 レポートや卒論、修論・博士論文をもう一押しする。先生方に熱心に細かく指導してもらえたという経験が、君たちの栄養になり、いつかどこかで、きっと役立つ日が来ることを信じて、私たちは教育にあたっています。

 批判力は言うまでもなく大事ですが、物事や経験をポジティブな視点から捉え返して見ることも重要です。ほろ苦いミスや失敗、ディレンマ、断腸の思い等々。そこからどういう教訓を学ぶのかこそが、問われています。例えば、東日本大震災は壮絶で哀切な経験でしたが、私たちはあらためて、命の尊さ、家族や地域社会の絆、ふだんから非常時に備えておくべきリスク・マネジメントの重要性、自然との向き合い方、ボランティア活動の意義等々を学びました。震災の翌年、2012年度以降、東日本大震災を扱った卒論は力作が多く、読み応えがありました。
 物事は多面的に見ることができます。視点によって、立場によって、物の見え方は当然異なってきます。「状況の定義」や「多元的現実」も、社会学を学んだ卒業生にとっての基礎的素養です。
 自らの物の見方の一面性、限界を意識することもきわめて重要です。

X年後の君たちに贈ることば

 前述のスティーブ・ジョブズのスピーチは、stay hungry, stay foolish! と結ばれています。ハングリーであり続けよ、常識を疑い続けよ、地位や固定観念に安住するな、というメッセージです。幾つになっても、ハングリーな、闘う気持ちを持ち続けたいものです。

 学生時代に抱いていた夢や希望を見失ってはいないか。

 精神のみずみずしさを忘れてはいないか。

 社会学研究室で身につけた批判力や多面的な見方を忘れていないか。

 保身や組織防衛に走ってはいないか。

 はみ出すことを怖れていないか。

 理念と現実との間の緊張感を忘れていないか。

   Stay hungry, stay foolish!

[1]ジョブズのスタンフォード大学卒業式でのスピーチ(2005年6月)(日本語字幕付きで見ることができる)。

 2020年1月31日