PRO-pose.

社会を生きる先輩たちの
「プロのポーズ」とは

大沼ひろみさん
4年間の学びで、自分を拓いていく。アナウンサー 大沼ひろみさん 4年間の学びで、自分を拓いていく。アナウンサー 大沼ひろみさん

「人は変わる」という言葉の鮮明な記憶。「人は変わる」という
言葉の鮮明な記憶。

「ある時、心理学の授業で丸山欣哉先生が出欠を取られた際に、休みがちな男子学生の欠席を確認したうえで〝彼もそのうち授業に来るかも知れませんね。人間は変わりますから〟と仰ったんです。その言葉を聞いた瞬間、人間は変わるということは自分も変わるんだ、変われるんだと、心に染み入るような感覚を得ました。丸山先生からは多くのことを学びましたが、あの言葉とあのシーンは今でも鮮明に覚えています」。
そう語るのは、日本放送協会仙台放送局でニュースやナレーションのほか、音声表現の指導も担当するアナウンサーの大沼ひろみさん。大沼さんは現在、平日夕方5時台のラジオ番組のプロデューサーも務めており、NHKが放送する番組の品質を管理する立場にもある。また、2016年に発売され、その後スマホアプリでもリリースされた『NHK日本語発音アクセント新辞典』では、五十音のうち数行数段にわたる語で、大沼さんの音声が〝発音のお手本〟として使われている。
「アナウンス以外に局の新人研修を行うこともありますが、こうしなくちゃならないと考えるより〝もっといろいろ試してみたほうが楽しくなりますよ〟と話しています。それで何かに気づいたり考え方や視野が広がれば、その新人にとっても素晴らしいことだと思います」。

無理はしないが、状況は受け入れる。無理はしないが、
状況は受け入れる。

仙台で生まれ、幼稚園入園時に父親の転勤に合わせて秋田に移住したという大沼さん。
「子どもの頃から〝私はこれが好き〟とか〝将来はこうなりたい〟とか、あまり具体的に考えたことはありませんでした。唯一、自覚していたのが運動はダメということ(笑)。でも習い事のバレエは一生懸命続けていました」。
そんな大沼さんが少女時代、最初に夢中になった文学作品はL・M・モンゴメリの『赤毛のアン』。それまで欲しいものをねだったことはなかったが、これだけは読みたいとシリーズ全巻を買ってもらった。
「特に面白いと感じたのはシリーズの後半。空想好きな少女だったアンが大人になり、社会や現実に戸惑いながらも力強く向き合っていく姿。自立し成長していく過程に引き込まれました」。
一方、アナウンサーという現職につながる経験で言えば、中学高校そして東北大学入学後も一貫して続けた放送部での活動がある。さらに大沼さんは、中学では演劇部と、高校では軟式野球部マネージャーと〝二足のわらじ〟も経験。中学の演劇部では、他に誰も書く人がいないという理由でシェイクスピア『ロミオとジュリエット』の台本を舞台用に書いてステージではロミオを演じ、高校では先輩に誘われてマネージャーを手伝った。
「どちらも自ら積極的にというわけではなく〝書く人がいないから〟〝誘われたから〟という理由でした。〝私はこれ〟というものがなかった分、状況によって自分が変わっていく時に、アンのような生き方をそこに重ねていたのかも知れません」。
文学に関して大沼さんはその後、心理描写や駆け引きの面白さから推理小説に夢中になり、海外ものを中心に読み耽ったが、これは現在でも趣味のひとつとなっているという。

自由に変化していい、人間のあり様。自由に変化していい、
人間のあり様。

大学進学時には、昔から女子学生にも門戸が開かれていたので学びやすいだろうという周囲の勧めもあり、父親の母校でもある東北大学に入学。『赤毛のアン』や数々の推理小説に端を発した人間心理への興味に加えて、当時ブームだった心理学という言葉にも惹かれ、3年生になって心理学研究室を選択した。
「卒論担当の大学院生に頼まれて、何度も『箱庭療法』の進め方を練習する相手となるお手伝いをしました。木箱に入った砂の上に人形などのミニチュアを並べていきイメージ表現を行う療法ですが、最初は箱の中に納める、整えるという意識で臨んでいたのが、何度も繰り返すうちに自然に遊べるようになり、大きな解放感を得ていることに気づきました。この経験で心理学の奥深さをさらに実感するとともに、決まった形に囚われることなく、自由に感じ自由に変化していくことも人間のあり様なのだと、これまでの自分を肯定された思いで満たされました」。

これからについて思うこと。これからについて思うこと。

文学部在学の4年間で得たいちばんの価値は?という問いかけに、少し時間を置いて「自分が拓かれたこと」と答えた大沼さん。考え方やものの見方の垣根を取り払う。学部内に限らず学部外の友人たちとも交流を通して文学以外の知見にも触れる。そして、前向きに未来の自分の可能性を信じる。それらが答えの核心だ。
「もともと学内では女子学生比率が高い文学部に在籍したこともありますが、在学中に性差で何かを思い悩むようなことはありませんでした。これからますますジェンダーレスの時代になっていくなかでは、女子学生に対する門戸開放の先駆である東北大学に、企業や団体など社会のさまざまな〝決め事〟ができる場面に立ち、これからの時代の舵を取っていくような後輩を育んでほしいですね。その継続が可能なことも、東北大学という〝ブランド〟を形成する大きな要因になっていると思います」。
終始、穏やかな優しい声で一語一語丁寧にお話いただいた大沼さん。最後にご自身のこれからについて伺うと、「その時になったら考えます」と柔らかな笑顔が返ってきた。

大沼 ひろみHiromi Onuma

1988年3月、文学部社会学科心理学専攻卒業後、日本放送協会に入局。卒業論文は「三つの自己像(現実の自己・理想的自己・鏡映自己)に関する一研究」。