教員のよこがお

特任助教(研究) 坂口 奈央 SAKAGUCHI Nao

所属

  • 大学院文学研究科・文学部
  • 広域文化学専攻
  • 域際文化学講座
  • 宗教学分野

いま、ここに、ともに

 東日本大震災が起きたあの日、みなさんは、どこで誰とどのように過ごしていたでしょうか。あの時の記憶を、今、どのように語りますか。三陸で生きる人びとの語りは、被災時を起点に、かつての日常とこれからに分けて語られます。語られる過去の内容は、現在の視点から可能なら忘れたいという否定的な意味合いが付与されたり、できるものなら戻りたいという輝きをまとったりします。中でも、災害遺構のあり方をめぐり、三陸の人びとの語りには、「恥の場だから解体すべき」とか「私たちの働く場を奪わないで」といった、一瞬ドキッとするような語りが表出しました。
 彼らが災害遺構について語る時、必ずしも、災害発生時の直接的な出来事だけを語るわけではありません。むしろ、以前の地域社会の状況や生活経験という、自らが置かれた生活の脈絡の中から災害遺構を捉えていて、そこには、必ずしも防災や教訓といった意味は付加されていないのです。災害遺構を巡る三陸の人びとの語りは、「生きられた現在」の中で、生き生きとした個性を見せていました。
 語りは、語り手によるモノローグではなく、また、語り手に関する聞き手による単なる記録ではありません。語り手と聞き手が「いま、ここに、ともに」あることで、現在の状況を起点に語り手の過去が想起され、未来が予期されるという営みが、聞き手によって引き出されていきます。語り手による人生の物語の紡ぎだしに、聞き手が関与しているのです。
 語りにおける相互作用には、東日本大震災における復興とは何かを解き明かす、手がかりがあるのではないかと考えます。東日本大震災は、20代30代の生き方、価値観を大きく変えました。それは、海とともに生きてきた三陸の人びとの中に息づいてきた総体としての生活~誰かが自分を気にしてくれる、一見お節介といわれるようなしがらみを肯定的に捉え、集落という地域の中で自分自身の存在を確認しながら生きることに価値を見出す人たちが増えたことは、東日本大震災が社会に与えた影響の一つです。ステレオタイプ的に論じられることばかりが、真実ではありません。一見、非合理的に思える語りでも、その人がどのように生きてきたのか、その語りに耳を傾けることで、他者の合理性を知り、社会への理解を拓きます。
 誰かとともに生きる、そんなフィールドの泉を探究してみませんか。

  • 研究・略歴
  • 著書・論文等
  • 略歴
    東日本大震災を機に、岩手めんこいテレビ報道部アナウンサーの職を辞し、研究者へ。東北大学文学研究科社会学研究室にて博士号取得後、日本学術振興会 特別研究員PDを経て現職。
    学位
    博士(文学)
    研究分野
    災害社会学、漁村に生きる人びとの生活史調査
    研究課題
    被災当事者の記憶と葛藤の変容プロセス
    災害遺構に関する語りと三陸の生活史
    被災跡地利用に関する空間と場所論
    研究キーワード
    災害遺構、防潮堤、生活史、漁村、集合的記憶、場所論
    所属学会等
    村落研究学会、日本オーラル・ヒストリー学会、日本災害復興学会、地域安全学会、東北社会学会、地域社会学会
    研究者紹介DB
    https://www.r-info.tohoku.ac.jp/ja/c0fe055ace45bf9825d1a53611c659db.html
  • 主要論文
    「ライフヒストリーから読み解く3.11からの復興と『生き直す』こと」日本オーラル・ヒストリー研究 第18号 2022.
    「Memories and Conflicts of Disaster Victims: Why They Wish to Dismantle Disaster Remains」
    Journal of Disaster Research 16(2)  2021
    「漁業集落に生きる婦人会メンバーによる行動力―遠洋漁業に規定された世代のライフヒストーリー」社会学研究 第105巻 2021
    受賞
    岩手県立大学大学院 学長賞(2016年3月)
    報道
    2022.4.26朝日新聞掲載「記憶と教訓 残すには」
    2918.8.30~9.13朝日新聞掲載「3.11そしてその時」