教員のよこがお

准教授 馬 暁地 MA Xiaodi

所属

唐詩の魅力

唐の時代は中国古典詩の黄金時代であり、唐詩は中華文化の宝物でもある。私にとって唐詩を読むことは人生の最大の楽しみである。
 若い時に私は李白が大好きだった。“青天有月来幾時,我今停杯一問之”(青天月有りてより来のかた幾時ぞ、我今杯を停めて一たび之に問う)(《把酒問月》)、“飛流直下 三千尺,疑是銀河落九天”(飛流直下 三千尺、疑うらくは是れ銀河の九天より落ちるかと)(《望廬山瀑布》)、抜群の想像力と大胆な誇張は青春時代の私の共鳴を呼び起こし、未来の夢を見させた。
 中年になってからは杜甫に夢中になった。“安得広厦千万間,大庇天下寒士倶歓顔”(安ぞ得ん広厦千万間、大いに天下の寒士を庇いてともに歓顔)(《茅屋為秋風所破歌》)、“堂前撲棗任西隣,無食無児一婦人”(堂前に棗を撲つは西隣に任す、食無く児無き一婦人なり)(《又呈呉郎》)、杜甫の大いなる仁愛の心は私を震撼させ、詩の永遠の生命力が愛にあることを教えてくれた。
 年を取るにつれて、私は平淡のように見えるが人生の哲理を含む作品にますます興味を持つようになった。“我来問道無余説,雲在青霄水在瓶”(我は来たりて道を問うに余説無く、雲は青霄に在りて水は瓶に在りと)(李翱《贈薬山高僧》)、“行到水窮処,坐看雲起時”(行きて水の窮まる処に到り、坐して雲の起る時を看る)(王維《終南別業》)、余韻無限で、宇宙、人生の道理を思考させてくれる。
 五万首の唐詩はまるで大きな花園のようで、春蘭秋菊何もかも揃っている。私たちは思う存分鑑賞し楽しむことが出来る。清き風に吹かれて、明月の下に新茶を一口飲みながら唐詩を読む。嗚呼、人生にこれより大きな幸福はあるだろうか。
 そうだ、ここに言った“読む”とは黙読ではなくて、大きな声で朗読することだ。そうすれば、詩の意境の美を味わうことができる上に、中国語の抑揚起伏の音声の美しさも十分に享受することができる。
 美しいものは誰でも愛するではないか。

  • 研究・略歴
  • 著書・論文等
  • 主要担当科目
    中国語、専門中国語、中国語基礎演習、中国文学各論、中国文学演習、中国語学中国文学特論、中国語学中国文学研究演習
    略歴
    北京大学第一分校中国文学部卒業、京都大学文学部大学院博士課程前期・後期終了、東北大学文学部外国人教師を経て現職。
    学位
    文学修士
    研究分野
    唐代文学
    研究課題
    唐詩、唐代詩人および唐代社会
    研究キーワード
    意境  風格 知人論世
    所属学会
    東北中国学会  中唐文学研究会
    研究者紹介DB
    http://db.tohoku.ac.jp/whois/detail/8284794580cb67c150e269aba594dfda.html
  • 主要論文
    《唐詩叙事的細節描写》(《東北大学中国語学文学論集》第18号)
    《半律之長消》(同上 第15号)
    《唐人的河湟之思》(同上 第14号)