「チベット大蔵経」は、主にインド原典からチベット語に翻訳された仏教文献の総称です。ブッダの教えを伝える経典と教団の生活規定をまとめた律典とを収める「仏説部」と、経典解説や儀礼規定を教える論書を収める「論疏部」とから成ります。「デルゲ」は木版印刷の版木が作られた土地の名前で、現在の四川省北西部の徳格県に当たります。ブッダの教えは口承から書承へ、そして15世紀には印刷で伝えられるようになりました。
チベット大蔵経の主な版木は17-18世紀に複数の場所で作られました。デルゲ版の特徴は校訂の正確さと印刷の美しさとにあります。本学所蔵のデルゲ版大蔵経は、20世紀初頭に日本人で最初の正式なチベット仏教僧となった多田等観(ただとうかん)先生が、ダライ・ラマ13世から贈られたものです。多田先生がチベット各地で収集した大量の「チベット撰述仏典(チベット人著作の仏典)」と共に、財団法人斎藤報恩会によって購入、本学に寄贈されました。多田先生は本学の教員として宇井伯寿(ういはくじゅ)、鈴木宗忠(すずきむねただ)、金倉円照(かなくらえんしょう)の諸先生と共に『西蔵大蔵経総目録』(東北帝国大学法文学部編)を1934年に出版します(図3)。全4,569部、デルゲ版の総目録としては学界初、チベットで翻訳された仏典の全貌が明らかにされました。
大蔵経目録に続き、チベット撰述仏典の目録作成が始まりました。しかし、穏やかならぬ時世を承けて作業は難航します。1953年、A catalogue of the Tohoku University collection of Tibetan works on Buddhism(西蔵撰述仏典目録)(図4)の出版までに、多くの人々の献身がありました。国際的需要に応えるため、細分すれば4,000点も超えようかという各項に英文解説を付し、笹氣出版印刷株式会社の新たなチベット文字活字(図5)を使用した本目録は、チベットで大きく展開した仏教の姿を世界に初めて示すこととなりました。この業績により、金倉、多田、山田龍城(やまだりゅうじょう)、羽田野伯猷(はだのはくゆう)の諸先生に第45回(1955年)日本学士院賞が授与されました。審査要旨には、「西蔵撰述仏典の資料的価値は明かに認められ得るから、これを所蔵となすのは独り東北大学の誇であるのみならず、我国の学界一般の光栄である」と記されています。
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