東北大学 文学研究科・文学部 Digital Museum 歴史を映す名品

東北大学附属図書館・貴重書 北京風俗図譜

中国語学中国文学 教授 矢田 尚子 Profile

図3:「歳時」部 元宵節(正月15日)の様子

東北帝国大学法文学部支那学第二講座(現在の中国文学専修)の初代教授を務めた青木正児(あおきまさる・1887~1964)は、助教授として着任した翌年の1925年3月から1926年7月にかけて、北京に留学しました。辛亥革命(1911)で清王朝が滅亡し、中華民国が誕生してから14、5年経った頃のことです。急速な近代化によって、古典文学を理解する上で有用な資料となり得る王朝期の古い風俗が消滅しつつある状況を目の当たりにした青木は、風俗資料を蒐集しようとしましたが、多額の費用がかかることから断念し、画工を雇い、風俗画として記録に留めることにしました。そうして完成したのが、彩色画117枚から成る「北京風俗図譜」です。写真ではなく風俗画にしたのは、色彩を記録するためもあるでしょうが、「写真は実観を得るも、物体の説明には不便」だからだと、支那学第一講座(現在の中国思想専修)教授の武内義雄(1886~1966)に宛てた手紙(図1)に書いています。

図譜は「歳時」「礼俗(婚礼と葬礼)」「居処」「服飾」「器用」「市井」「遊楽」「伎芸」の8部門に分かれています。

図1:武内義雄宛 青木正児書簡(東北大学史料館蔵)

図2:「歳時」部 正月の様子

「歳時」の部には、正月(図2)や七夕、中秋節といった年中行事の様子を描いた図が収められています。そのうち「元宵灯市(正月の灯籠の市)」は、正月15日の元宵節(げんしょうせつ)前後、町中が趣向を凝らした美しい灯籠で飾られるという伝統行事のはずですが、図では店先に数個の灯籠が飾られているのみです(図3)。青木が「今は大街を歩いて見ても大した人出も無ければ灯籠も無い…東四牌楼の大街を歩いて見ると老舗らしい乾菓子屋が両三家、店頭に絹張りの絵灯籠を十数個吊して名残の夢を物語っているのみである。…前門大街はすっかり電化されて了って、空しく東海の游子をして惘然たらしむるのみである」(「春聯から春灯まで」、『黒潮』1927年第3号)と帰国の翌年に書いていることから、まさにその「名残の夢」を記録した図であることがわかります。

図4:「市井」部 望子(幌子)のいろいろ

図5:「伎芸」部 上演中の京劇

「市井」の部には、店の看板や屋台、物売りの姿を描いた絵が収められます。文字を用いず、商品の形状や象徴で示した看板は「望子(ワンズ)」または「幌子(ホワンズ)」と呼ばれ、特に中国北方で多く見られました(図4)。青木は後に「望子考」(『文化』1935年1巻3号)という論文を書いています。留学当時から特に興味を持って記録していたのでしょう。

「伎芸」の部には、京劇上演中の劇場内の様子、人形芝居や影絵芝居、大道芸などを描いたものがあります。京劇のさまざまな役柄の衣装や隈取りなどを記録した図からは、『支那近世戯曲史』(弘文堂書房1930年)で世界的に知られる青木の、演劇研究に対する熱意をうかがうことができます(図5)。

青木は、図譜に図説を付けて公表することを考えていましたが、多忙のため叶いませんでした。長らく図書館に秘蔵されていた図譜が、広く知られるようになったのは、1950年に支那学第二講座に着任した内田道夫の功績によります。図のモノクロ写真に内田の解説文をつけた『北京風俗図譜』が1964年に平凡社東洋文庫に収められ、1986年にはカラー版が平凡社から出版されました。2018年には張小鋼訳注の中国語版も中国の東方出版社から出ています。いずれも東北大学附属図書館に所蔵されており、図譜の内容をすべて見ることができます。

Interview

中国語学中国文学 教授 矢田 尚子