東北大学 文学研究科・文学部 Digital Museum 歴史を映す名品

東北大学附属図書館・ヴント文庫 W.M.ヴント蔵書

心理学 教授 阿部 恒之 Profile

図1:東北大学附属図書館・ヴント文庫の概観

心理学の祖は、ドイツ・ライプチヒ大学の W.M.ヴント(1832-1920)とされています。 ヴントが没した 1920 年、千葉胤成(ちばたねなり)はライプチヒ大学に留学しました。留学中の 1922 年、 東北帝国大学に新設される法文学部心理学講座の教授就任要請の知らせが届きました。 胤成はヴントの残した書籍、いわゆるヴント文庫を東北大学に持ち帰ることを決意しました。後に東北大学第 8 代総⻑となった佐武安太郎(さたけやすたろう)などの協力を得て、齋藤報恩会から資金を調達し、ハーバード大学などの有力大学との競争を制し、ついにヴント文庫を東北大学に持ち帰ることに成功しました。計15,840冊にのぼる貴重な書籍は、今も東北大学附属図書館で大切に保管されています(図1・2)。

図2:William James,The principles of psychology(V.1)
ヴントと共に心理学の草創期を担ったアメリカのジェームズの著作「心理学原理」もヴント文庫に収められていた。ちなみに漱石文庫にも同じ書籍がある。

図3:心理学研究室蔵 行事記録簿『大福帳』

さて、上記の経緯は、心理学研究室の行事記録簿である『大福帳』の冒頭に、胤成直筆の絵物語として紹介されています(図3)。題して「ヴント文庫物語」。2万円という、当時としては極めて高額な予算がかかりましたが、胤成はこう記しています。「金は一時の廻りもの 書庫は千載の寶(千年の宝・著者注)!」

図4:謎の数字が付されたマーク

図5:Psychologische Studien: neue Folge der philosophischen Studien
(心理学研究:哲学研究の新規継承誌)

その中に、3300という謎の数字が付されたマークがしるされています(図4)。この謎が解けたのは、2015年の6月、授業の一環で、学生たちとヴント文庫見学に行ったときのことでした。附属図書館職員の方のサポートで、このマークが、ヴント文庫の書籍に貼付された受け入れシールの模写であること、そして受け入れ番号3300番は、“Psychologische Studien: neue Folge der philosophischen Studien”の番号だったことが判明しました(図5)。さて、“Psychologische Studien: neue Folge der philosophischen Studien“を和訳すると、「心理学研究:哲学研究の新規継承誌」となります。ヴントが主催していた『哲学研究』を、新たに『心理学研究』と改名した世界初の心理学専門学術誌の受入れ番号を、胤成は模写したのでした。

100年前、法文学部心理学講座の開設時に取得したヴント文庫には、世界初の心理学の学術誌が収められているのです。胤成が手に入れた、東北大学の宝です。

Interview

心理学 教授 阿部 恒之